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サムエル記第一(18)「サウルを王として選ぶイスラエル(2)」1サム10:17~27
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命題:神は、ご自身の主権によって指導者を立てられる。この箇所を三つに区分して学ぶと、それがよく分かる。
サムエル記第一(18)
「サウルを王として選ぶイスラエル(2)」
1サム10:17~27
1.文脈の確認
Ⅰ.王政に向けた準備(1~9章)
Ⅱ.サウルの治世(10~31章)
A.サウルの確立(10~14章)
1.サウルを王として選ぶイスラエル(10章)
2.注目すべき点
(1)1~16節は、私的な任命である。
(2)17~27節は、ミツパでの公的な宣言である。
(3)くじによる選出は、神の主権を示している。
(4)サウルは外見において王にふさわしい人物であった。
(5)民の反応は一致していなかった。
命題:神は、ご自身の主権によって指導者を立てられる。
この箇所を三つに区分して学ぶと、それがよく分かる。
Ⅰ.神は、ご自身の権威によって指導者を選ばれる(17~24節)
1.17~18節
1Sa 10:17 サムエルはミツパで、民を【主】のもとに呼び集め、
1Sa 10:18
イスラエル人に言った。「イスラエルの神、【主】はこう言われる。『イスラエルをエジプトから連れ上り、あなたがたを、エジプトの手と、あなたがたを圧迫していたすべての王国の手から救い出したのは、このわたしだ。』
(1)サウルの公的即位を前に、神学的な前置きが確認される。
①神こそがイスラエルの真の王であることが再確認される。
(2)ミツパという場所
①7章では、民が悔い改めた場所
②サムエルがイスラエルを導き、ペリシテ人に勝利した場所
③「エベン・エゼル」の勝利へとつながる場所(7章)
④つまり、王政は神との契約とは切り離されていないことを示している。
⑤民は、神の臨在の前で集められた。
(3)なぜ出エジプトを持ち出すのか。
①わたしがあなたがたを救った。
②わたしがあなたがたを導いた。
③わたしがあなたがたを守った。
④つまり、イスラエルの真の王は、これまでずっと【主】ご自身であった。
(4)「すべての王国の手から救い出した」は、士師記の歴史全体を要約している。
①モアブ、カナン、ミデヤン、アンモン、アモン、ペリシテ
②神ご自身が王として民を救ってこられた。
2.19節
1Sa 10:19
しかし、あなたがたは今日、すべてのわざわいと苦しみからあなたがたを救ってくださる、あなたがたの神を退けて、『いや、私たちの上に王を立ててください』と言った。今、部族ごと、分団ごとに、【主】の前に出なさい。」
(1)王を求めたことは、「神を退ける」行為であった。
①民は、サムエルを退けたのではなく、神を退けた。
②イスラエルは神への信頼を失い、「人間の王」に安全保障を求めた。
(2)神は、ご自身の恵みを忘れないように求められた。
①イスラエルの問題は、「忘恩の罪」である。
②神の恵みを忘れることがしばしば不信仰の始まりになる(申8章)。
(3)神は民の願いを受け入れても、その罪を正当化されたわけではない。
①神は時として、人間の間違った願いを許される。
②詩106:15
Psa 106:15 そこで 主は彼らにその欲するものを与え 彼らのいのちを衰えさせた。
③それでも神の救済計画は前進する。
3.20~21節
1Sa 10:20 サムエルは、イスラエルの全部族を近づかせた。すると、ベニヤミンの部族がくじで取り分けられた。
1Sa 10:21
そして、ベニヤミンの部族を、その氏族ごとに近づかせた。すると、マテリの氏族がくじで取り分けられた。そして、キシュの息子サウルがくじで取り分けられた。人々はサウルを捜したが、見つからなかった。
(1)くじは神の御心を示す手段
①旧約時代のくじは、神のご意思を明らかにする方法であった。
②箴16:33
Pro 16:33 くじは膝に投げられるが、 そのすべての決定は【主】から来る。
③サムエルは、すでに1~16節でサウルに油を注いでいた。
④改めてくじを用いる理由は、民全体が「これは神の選びだ」と認めるため。
(2)ベニヤミン族が選ばれた意味
①最も小さな部族の一つから王が選ばれる。
②神は人間の評価ではなく、ご自身の自由な恵みによって選ばれる。
(3)段階的な選びの意味
①この進み方には文学的効果がある。
②これは神の選びが徐々に明らかになることを印象づけている。
4.22~23節
1Sa 10:22 人々はさらに、【主】に「あの人はもう、ここに来ているのですか」と尋ねた。【主】は「見よ、彼は荷物の間に隠れている」と言われた。
1Sa 10:23 彼らは走って行って、そこから彼を連れて来た。サウルが民の中に立つと、民のだれよりも、肩から上だけ高かった。
(1)人間は、神の選びを無効にすることができない。
①サウルは選ばれたにもかかわらず姿を現さなかった。
②【主】はサウルの居場所をご存じで、その場所を示された。
(2)「荷物の間に隠れた」とは何を意味するのか。3つの可能性。
①自分は王にふさわしくないという思いから隠れた(謙遜)。
②王となる責任を恐れた(不安)。
③謙遜と不安の両方のゆえに隠れた。
④後のサウルの性格を暗示しているように見える。
⑤神よりも人を恐れるようになる。
(3)民は外見に感動した。
①「肩から上だけ高かった」
②8章5節の「諸国のような王」という願いとの対応がある。
③つまり、神は民が望んだような王を与えられたのである。
5.24節
1Sa 10:24
サムエルは民全体に言った。「【主】がお選びになったこの人を見なさい。民全体のうちに、彼のような者はいない。」民はみな、大声で叫んで、「王様万歳」と言った。
(1)「【主】がお選びになったこの人を見なさい」
①サウルの権威の源は神にある。
(2)「彼のような者はいない」
①第一には、外見的な卓越性を指す。
②サウルは、民の期待にかなう人物であった。
(3)「王様万歳」(イェヒー・ハメレク)
①「王よ。生きながらえますように」
②これは古代近東で王に対して語られた祝福の言葉である。
③「万歳」は中国に由来する言葉で、「一万年生きよ」「永遠に栄えよ」の意味。
④「長く繁栄してください」「末永く治めてください」という祝福の言葉。
⑤この時点では、民はサウルを歓迎している。
Ⅱ.人間の王も神の支配の下にある(25節)
1.25節
1Sa 10:25
サムエルは民に王権の定めについて語り、それを文書に記して【主】の前に納めた。それから、サムエルは民をみな、それぞれ自分の家へ帰した。
(1)「王権の定め」とは、王政の基本原則である。
①王の権限
②王の責任
③民との関係
④神との関係
(2)王も神の契約の下に置かれる。
①これがこの節の最も重要な神学的メッセージである。
②古代近東では、王はしばしば絶対的な権力者であった。
③しかしイスラエルでは、王も神の律法に従う者である。
④つまり、神が真の王であり、地上の王は神の代理者である。
(3)「文書に記して」
①王にも、民にも、守るべき基準が与えられた。
②神の支配は、人間の気分ではなく、啓示されたみことばによって行われる。
(4)「【主】の前に納めた」
①「【主】の前」とは、神の臨在の前、つまり聖所を指すと考えられる。
②神ご自身が、この契約の証人になられる。
③しかしサウルは、13章と15章で、神の律法に違反する。
Ⅲ.神は、王を支える人々を備えられる(26~27節)
1.26節
1Sa 10:26 サウルもギブアの自分の家へ帰って行った。神に心を動かされた勇者たちは、彼について行った。
(1)サウルはすぐに王宮を築いたのではない。
①当時のイスラエルには、まだ王政の制度が整っていなかった。
②サウルはなお故郷ギブアを拠点とし、11章までは本格的な統治を始めない。
(2)「神に心を動かされた勇士たち」
①彼らが自発的にサウルを支持しただけではなく、神が彼らの心を動かされた。
②これは旧約でしばしば見られる神の働きである。
*出35:21(幕屋建設)
*エズ1:5(神殿再建)
③勇士たちは神から与えられた支えである。
2.27節
1Sa 10:27
しかし、よこしまな者たちは、「こいつがどうしてわれわれを救えるのか」と言って軽蔑し、彼に贈り物を持って来なかった。しかし彼は黙っていた。
(1)「よこしまな者たち」とは誰か
①特定の集団名ではなく、神を恐れず、共同体の秩序を乱す人々を指す。
*エリの息子たち(1サム2:12)
*ギブアの暴徒(士19:22)
(2)「こいつがどうしてわれわれを救えるのか」
①これは、サウルの能力に対する疑いである。
*ベニヤミン族の出身
*荷物の間に隠れていた
*経験も実績もない
②彼らは、サウルだけでなく、神の選びそのものを軽視している。
(3)「贈り物を持って来なかった」
①古代近東では、新しい王に贈り物を献げることは、忠誠の表明である。
②贈り物を持って来なかったのは、新王を認めないという意思表示である。
(4)「しかし彼は黙っていた」
①サウルは、侮辱されても、処罰しなかった。
②これは、王として非常に立派な態度である。
③初期のサウルには謙遜さと自制心があった。
結論:今日の信者への適用
1.神が立てられた指導者を尊重しよう。
(1)神が選ばれたサウルに対して、賛成する者も反対する者もいた。
(2)しかし、神はご自身の主権によって王を立てられた。
(3)今日も、教会には牧師、長老、執事など、神が召された指導者がいる。
(4)もちろん指導者は完全な人ではない。
(5)神の権威に従う限り、指導者を敬い、協力することは、神を敬うことにつながる。
(ヘブル13:17)。
2.召されたなら、弱さを理由に逃げない。
(1)サウルは荷物の間に隠れていた。
(2)私たちも、「自分には無理です」「資格がありません」と感じることがある。
(3)神の召しには、神の助けが伴う。
(4)自分の能力ではなく、神の恵みに信頼して一歩を踏み出すことが大切である。
3.神の働きには賛否が伴う。
(1)サウルには、神が心を動かした勇士たちが与えられた。
(2)一方で、彼を軽蔑する者たちもいた。
(3)教会の働きでも同じである。すべての人が賛成するとは限らない。
(4)人の評価や批判に左右されるのではなく、神に忠実であることを第一とすべき。




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