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メシアの生涯(30)—王室の役人の息子の癒し—
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信仰の成長について学びます。
「王室の役人の息子の癒し」
§038 ヨハ4:46~54
1.はじめに
(1)前回の箇所から、ガリラヤ伝道が始まった。
①英語で、「The Great Galilean Ministry」という。
②約1年半続く。
(2)イエスは再びカナに行かれた。
①カナでの奇跡は、「最初のしるし」(ヨハ2:11)。
②弟子たちは、イエスを信じた。
③この箇所で、カナに戻っている。
④カナから始まりカナで終わるというカナ・サイクルが見える。
⑤カナ・サイクルの最初と最後に、「しるし」が記録されている。
(3)A.T.ロバートソンの調和表
カナにおける役人の息子の癒し(§38)
2.アウトライン(2つの「しるし」の対比)
(1)必要の発生
(2)イエスへの願い
(3)叱責のことば
(4)叱責のことばへの応答
(5)信仰による応答
(6)奇跡的結果
(7)結論
3.メッセージのゴール
(1)信仰の成長
このメッセージは、信仰の成長について学ぼうとするものである。
Ⅰ.必要の発生(46節)
「イエスは再びガリラヤのカナに行かれた。そこは、かつて水をぶどう酒にされた所である。さて、カペナウムに病気の息子がいる王室の役人がいた」
1.ガリラヤのカナとカペナウムの位置関係
(1)カナは山地の村。カペナウムは湖畔の町。
①距離的には、約30キロ離れていた。
②高度差は、約600メートルあった。
2.王室の役人
(1)ヘロデ・アンテパスの王室の役人である。
①この人はユダヤ人であろう(後に出て来るイエスのことばからの類推)。
②宮廷の高官である。
*軍事担当か。
*徴税担当か。
(2)彼は、カペナウムに住んでいた。
3.2つの「しるし」の対比
(1)婚礼で、ぶどう酒がなくなった。
①花婿とその父にとっては、屈辱的な状況である。
(2)息子が瀕死の状態にあった。
①地位も、財産も、経験も、なんの役にも立たない状態がやってきた。
②人生に起こるこのような困難は、私たちをキリストに近づける。
Ⅱ.イエスへの願い(47節)
「この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞いて、イエスのところへ行き、下って来て息子をいやしてくださるように願った。息子が死にかかっていたからである」
1.この人が行動を起こした理由
(1)イエスが、ユダヤで行った「しるし」について情報を得ていたのであろう。
①最初の「しるし」についても、知っていた可能性が大である。
②イエスに対して、期待を抱いた。
2.2つの「しるし」の対比
(1)母マリアが、イエスに助けを求めた。
①公の場で、私的関係を持ち出した。
(2)王室の役人が、イエスに助けを求めた。
①「下って来て息子をいやしてくださるように願った」
*カナからカペナウムまでは、下りの地形になっている。
②「息子が死にかかっていたからである」
*息子に対する父の愛が、彼を行動に駆り立てた。
*彼は、自らイエスのもとにやって来た。
*貧しい者も、富める者も、すべて、自らイエスのもとに来る必要がある。
*イエスのもとに来ることには、犠牲が伴う。
③彼はある種の信仰を持っていたが、それは不完全な信仰であった。
*イエスがそこにいないと、癒しは起こらないと考えていた。
*当時は、癒す人がそこにいないと、癒しは起こらないと考えられていた。
Ⅲ.叱責のことば(48節)
「そこで、イエスは彼に言われた。『あなたがたは、しるしと不思議を見ないかぎり、決して信じない』」
1.この役人が、ユダヤ人であることが分かる。
(1)ユダヤ人は、しるしと不思議を求める。
「ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追求します」(1コリ1:22)
2.2つの「しるし」の対比
(1)マリアに対する叱責
「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう。女の方。わたしの時はまだ来ていま
せん」(2:4)
(2)役人に対する叱責
①叱責の要素もあるが、それよりも、挑戦に満ちた問いかけである。
②「しるし」を見なくても、息子は癒されたと信じる信仰はあるか、ということ。
Ⅳ.叱責のことばへの応答(49節)
「その王室の役人はイエスに言った。『主よ。どうか私の子どもが死なないうちに下って来てください』」
1.2つの「しるし」の対比では、この段階だけが、少し異なる。
(1)マリアの場合は、すぐにイエスのことばを受容した。
①使いの者たちに、イエスの言うことに従うように命じた。
(2)王室の役人の場合は、受容するのに多少の時間がかかった。
①彼には、信仰に関する神学的議論をする余裕はなかった。
②息子が死にかかっている。
③ただ、恵みにすがる以外に方法はない。
Ⅴ.信仰による応答(50節)
「イエスは彼に言われた。『帰って行きなさい。あなたの息子は直っています』。その人はイエスが言われたことばを信じて、帰途についた」
1.最初の「しるし」
(1)イエスは、使いの者たちに命じた。
①「水がめに水を満たしなさい」
②「さあ、今くみなさい。そして宴会の世話役のところに持って行きなさい」
(2)使いの者たちは従った。
①「彼らは水がめを縁までいっぱいにした」
②「彼らは持って行った」
2.第2の「しるし」
(1)イエスは、王室の役人に命じた。
①命令:「帰って行きなさい」
②保証:「あなたの息子は直っています」
③これは、大いなる信仰の挑戦である。
④距離的に離れていても、癒しは起こるのか。
(2)王室の役人は従った。
①「イエスが言われたことばを信じて、」
②「帰途についた」
Ⅵ.奇跡的結果(51~53節a)
1.最初の「しるし」
(1)水がぶどう酒に変わった。
①宴会の世話役は、驚いた。
2.第2の「しるし」
「彼が下って行く途中、そのしもべたちが彼に出会って、彼の息子が直ったことを告げた。
そこで子どもがよくなった時刻を彼らに尋ねると、『きのう、第七時に熱がひきました』
と言った。それで父親は、イエスが『あなたの息子は直っている』と言われた時刻と同じ
であることを知った」
(1)恐らく彼は、カナに一泊したのであろう。
①彼の信仰を示している。
②下って行く途中、上って来るしもべたちに出会った。
(2)息子が癒されたことを知る。
①時刻を尋ねると、夜7時に熱が引いたという。
*ユダヤ式時間なら、午後1時である。
*ローマ式時間なら、午後7時である。
②彼は、距離的隔たりは、イエスにとって問題でないことを知った。
Ⅶ.結論(53b~54節)
1.最初の「しるし」
「イエスはこのことを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行い、ご自分の栄光を現さ
れた。それで、弟子たちはイエスを信じた」(2:11)
(1)弟子たちと、使いの者たちだけが目撃した。
①私的奇跡である。
(2)この奇跡によって、弟子たちはイエスを信じた。
2.第2の「しるし」
「そして彼自身と彼の家の者がみな信じた。イエスはユダヤを去ってガリラヤに入られて
から、またこのことを第二のしるしとして行われたのである」 (54節)
(1)これもまた、私的奇跡である。
(2)息子の癒しが主要テーマではない。
(例話)サマリヤの女の救いではなく、町の人たちの信仰告白がテーマであった。
①父親の、魂の癒し
②彼の家の者の救い
(3)カナ・サイクルは、信仰で始まり、信仰で終わっている。
結論: 信仰の成長
1.王室の役人の信仰の成長
(1)「しるし」を求める信仰
「この人は、イエスがユダヤからガリラヤに来られたと聞いて、イエスのところへ行
き、下って来て息子をいやしてくださるように願った。息子が死にかかっていたから
である。そこで、イエスは彼に言われた。『あなたがたは、しるしと不思議を見ない
かぎり、決して信じない』」(47~48節)
(2)イエスのことばをそのまま信じる信仰
「イエスは彼に言われた。『帰って行きなさい。あなたの息子は直っています』。その
人はイエスが言われたことばを信じて、帰途についた」(50節)
(3)より高度な信仰
「それで父親は、イエスが『あなたの息子は直っている』と言われた時刻と同じであ
ることを知った。そして彼自身と彼の家の者がみな信じた」(53節)
①イエスは、空間に束縛されないお方であるとの信仰
②体験的信仰
2.私たちの信仰の成長
(1)「しるし」を求める信仰
①私たちには、さまざまな願いがある。
②「〇〇を聞いてくださったなら、信じます」という祈りをすることがある。
③これは、本物の信仰ではない。
④時としてそれが聞かれるのは、一方的な神の恵みである。
⑤このような信仰の問題点は、神を支配することにある。
(2)みことばをそのまま信じる信仰
①神のことばに支配される信仰であり、さらに成長した状態にある。
②そのために、聖書研究をする必要がある。
(3)より高度な信仰
①時間的、空間的距離を乗り越える信仰である。
②つまり、見ないで信じる信仰である。
③私たちは、主イエスを見たことはないが、信じている。
*見ていないというのは、信仰が働くための文脈となる。
「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見
てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた
喜びにおどっています」(1ペテ1:8)
④ヨハネの福音書のクライマックスは、トマスの信仰告白である。
「トマスは答えてイエスに言った。『私の主。私の神』。イエスは彼に言われた。
『あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです』」(ヨ
ハ20:28~29)
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