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サムエル記第一(12)「契約の箱の返還(2)」1サム6:13~7:1
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命題:神に近づくには、神が定めた方法に従わなければならない。この箇所を2区分して学ぶと、それが分かる。
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サムエル記第一(12)
「契約の箱の返還(2)」
1サム6:13~7:1
1.文脈の確認
Ⅰ.王政に向けた準備(1~9章)
A.サムエルの誕生と幼少期(1章)
B.ハンナの賛歌(2:1~10)
C.シロでの霊的状況(2:11~36)
D.サムエルの召し(3章)
E.契約の箱(4~7章)
1.奪われた契約の箱(4章)
2.契約の箱の力(5章)
3.契約の箱の返還(6章)
(1)神の裁きを終わらせる計画(6:1~12)
(2)契約の箱のベテ・シェメシュへの帰還(6:13~18)
(3)契約の箱のキルヤテ・エアリムへの移動(6:19~7:1)
2.注目すべき点
(1)契約の箱がペリシテ人によって略奪された。
(2)イスラエルは「神の栄光が去った」と理解した。
(3)契約の箱は、ペリシテの地で力を発揮する。
(4)ペリシテ人たちは、契約の箱を返還する。
(5)契約の箱は、ベテ・シェメシュの人たちを打つ。
命題:神に近づくには、神が定めた方法に従わなければならない。
この箇所を2区分して学ぶと、それが分かる。
Ⅰ.契約の箱のベテ・シェメシュへの帰還(6:13~18)
1.13~14節
1Sa 6:13 ベテ・シェメシュの人たちは、谷間で小麦の刈り入れをしていたが、目を上げると、神の箱が見えた。彼らはそれを見て喜んだ。
1Sa 6:14
車はベテ・シェメシュ人ヨシュアの畑に来て、そこにとどまった。そこには大きな石があった。人々は、車の木を割り、雌牛を全焼のささげ物として【主】に献げた。
(1)ベテ・シェメシュの人たちは、小麦の刈り入れをしていた。
①小麦の刈り入れの時期は、5月頃である。
(2)彼らは驚くべき光景を目にした。
①牛車に載せられた契約の箱が近づいて来るのを目にした。
②彼らはそれを見て喜んだ。
③車は、ベテ・シェメシュ人ヨシュアの畑に来て、そこにとどまった。
(3)人々は【主】に全焼のささげ物を献げた。
①そこには大きな石があった。
*大きな岩盤であろう。これを祭壇として用いた。
②車の木を割り、それを薪とした。
③雌牛をほふり、全焼のささげ物とした。
*これを行ったのは、祭司たちである。
2.15節
1Sa 6:15
レビ人たちは、【主】の箱と、そばにあった金の品物の入っている鞍袋を降ろし、その大きな石の上に置いた。その日、ベテ・シェメシュの人たちは全焼のささげ物を献げ、いけにえを【主】に献げた。
(1)ベテ・シェメシュは祭司の町である。
①住民たちは、律法の教えをよく理解していた。
②レビ人たちが、契約の箱と金の品物の入っている鞍袋を下した。
③祭司たちが、全焼のささげ物を【主】に献げた。
3.16節
1Sa 6:16 ペリシテ人の五人の領主は、これを見て、その日エクロンに帰った。
(1)ペリシテ人の5人の領主は、災いが超自然的なものであることを確信した。
①彼らは、ベテ・シェメシュの人たちが【主】にいけにえを献げるのを目撃した。
②これを見て、その日エクロンに帰った。
4.17節
1Sa 6:17
ペリシテ人が償いとして【主】に返した金の腫物は、アシュドデのために一つ、ガザのために一つ、アシュケロンのために一つ、ガテのために一つ、エクロンのために一つであった。
(1)5つの金の腫物
①腫物の形をした金の償いの品である。
②5つの町が、それぞれ1つを献げた。
*アシュドデ、ガザ、アシュケロン、ガテ、エクロン
5.18節
1Sa 6:18
すなわち、金のねずみは、五人の領主に属するペリシテ人の町の総数によっていた。それは、砦の町と城壁のない村の両方を含んでいる。彼らが【主】の箱を置いたアベルの大きな台は、今日までベテ・シェメシュ人ヨシュアの畑にある。
(1)5つの金のねずみ
①ねずみの害からの解放を願う償いの品物である。
②5大都市がそれぞれ1つの金のねずみを献げた。
③城壁のない村もその企画に参加した。
(2)大きな石が記念となる。
①「アベルの大きな台」は、「契約の箱が置かれた大きな石」である。
②アベルは固有名詞ではなく、草原であろう。
③この大きな台は、今日までベテ・シェメシュ人ヨシュアの畑にある。
(3)旧約聖書では、神の御業を忘れないために石を立てることがしばしば行われた。
①創世記28章のヤコブの石の柱
②ヨシュア記4章のヨルダン川の石
③1サムエル7章のエベン・エゼル
Ⅱ.契約の箱のキルヤテ・エアリムへの移動(6:19~7:1)
1.19節
1Sa 6:19
主はベテ・シェメシュの人たちを打たれた。【主】の箱の中を見たからである。主は、民のうち七十人を、すなわち、千人に五人を打たれた。【主】が民を激しく打たれたので、民は喪に服した。
(1)主はベテ・シェメシュの人たちを打たれた。
①人々が契約の箱の周りに集うようになった。
②やがて、【主】への畏敬の念が薄れ、契約の箱の中を見る者が出た。
③民のうち70人、すなわち千人に5人が打たれた。
④祭司の町であるだけに、裁きも厳しい。
(2)【主】が激しく怒られた理由
①民4:5~6
Num 4:5 宿営が出発するときは、アロンとその子らが入って行って、仕切りの垂れ幕を取り降ろし、あかしの箱をそれでおおい、
Num 4:6 その上にじゅごんの皮の覆いを掛け、またその上に真っ青の布を広げ、担ぎ棒を通す。
②民4:18~20
Num 4:18 「あなたがたは、ケハテ人諸氏族の部族をレビ人のうちから絶えさせてはならない。
Num 4:19
あなたがたは彼らに次のようにして、彼らが最も聖なるものに近づくときに、死なずに生きているようにせよ。アロンとその子らが入って行き、彼らにそれぞれの奉仕と、運ぶ物を指定しなければならない。
Num 4:20 彼らが入って行って、一目でも聖なるものを見て死ぬことのないようにするためである。」
③ベテ・シェメシュの人たちの罪は、エリのふたりの息子の罪に似ている。
2.20節
1Sa 6:20
ベテ・シェメシュの人たちは言った。「だれが、この聖なる神、【主】の前に立つことができるだろう。私たちのところから、だれのところに上って行くのだろうか。」
(1)祭司の町ベテ・シェメシュは、契約の箱を恐れた。
①人間は、聖なる神、【主】の前に立つことができないと感じた。
②契約の箱を引き受けてくれる町を探した。
3.21節
1Sa 6:21
彼らはキルヤテ・エアリムの住民に使者を遣わして言った。「ペリシテ人が【主】の箱を返してよこしました。下って来て、あなたがたのところに運び上げてください。」
(1)キルヤテ・エアリムが選ばれた。
①この町は、ベテ・シェメシュから15kmほど北東にある町である。
②そこに住むアビナダブの家へ契約の箱が運ばれる。
4.1節
1Sa 7:1
キルヤテ・エアリムの人々は来て、【主】の箱を運び上げ、丘の上のアビナダブの家に運んだ。そして、【主】の箱を守るために彼の息子エルアザルを聖別した。
(1) キルヤテ・エアリムでは悲劇は起きなかった。
①キルヤテ・エアリムの人々は、契約の箱に畏敬を示した。
②丘の上のアビナダブの家に安置した。
*アビナダブはレビ人の家系であろう。
*高き所は、礼拝の場に適している。
③契約の箱を守るために、アビナダブの息子エルアザルを聖別した。
(2)そして箱はそこで約20年間保管されることになる。
①契約の箱は、シロには戻らなかった。
②シロは、エリ家への裁きによって事実上その役割を終えていた。
(3)20年という長い期間は、イスラエルが霊的回復へ向かう準備期間となる。
①サムエルの指導力が確立される。
②民の悔い改めが進む。
③ミツパで霊的覚醒が起こる。
④ペリシテ人からの解放が始まる。
⑤1サム7:1は、士師時代の混乱からサムエル時代の霊的刷新への転換点。
結論:今日の信者への適用
1.神を自分流で礼拝していないか
(1)ベテ・シェメシュの人々は、契約の箱の帰還を喜んだ。
(2)しかし、その後、彼らは神が定めた境界線を越えてしまった。
(3)私たちにもその危険性は付きまとう。
①神を愛している。
②礼拝を楽しんでいる。
③奉仕に熱心である。
(4)それでも、神のみことばよりも自分の考えを優先するなら、神を自分流に礼拝し
ていることになる
(5)真の礼拝とは、熱心さを神に献げることではなく、神のことばに従うことである。
2.神の愛だけでなく、神の聖さを覚えよう
(1)現代の教会では、神の愛が強調されることが多くある。
(2)ベテ・シェメシュの人々は教訓を学んだ。
「この聖なる神、【主】の前にだれが立つことができるだろう」
(3)十字架の恵みの大きさは、神の聖さを知るほどに理解できるようになる。
(4)神への畏敬の念を失った信仰は、やがて表面的なものになる。
3.キリストによって大胆に神に近づこう
(1)「だれが【主】の前に立つことができるだろう」
(2)これは、旧約聖書全体が投げかけている問いである。
(3)その答えが新約聖書で与えられる。
(4)私たちは自分の義によって神に近づくことはできない。
(5)しかし、大祭司であるキリストによって近づくことができる。
「ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折にかなった助けを
受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか」(ヘブ4:16)
(6)私たちは恐れて逃げる者ではなく、恵みによって近づく者である。




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