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メシアの生涯(139)—ラザロの復活(1)—

  • 2015.01.26
  • ヨハネ11章:1〜27
  • スピーカー 中川健一
  • 東京定例会
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このメッセージでは...

死といのちについて考えてみる。

「ラザロの復活」(1)

ヨハ11:1~27

1.はじめに

  (1)文脈の確認

    ①イエスは、ヨルダン川の東側、ペレアで活動している。

②ユダヤに行くのは、危険である。国の指導者たちが、イエスの命を狙っていた。

③ベタニヤは、エルサレムの東数キロのところにある村である。

④そこは、マルタ、マリア、ラザロが住んでいた村である。

⑤イエスがいた場所から徒歩で約1日の距離である。

⑤ベタニヤで、イエスは公生涯最後の大いなる奇跡を行われる。

  (2)A.T.ロバートソンの調和表

    §118 イエスはラザロを死から甦らせる(ヨハ11:1~44)

  (3)死からの復活

    ①イエスは、同様の奇跡を行っていた(厳密には蘇生)。

      *マコ5:41~42 会堂管理者の娘

「タリタ、クミ」

      *ルカ7:14~15 ナインのやもめのひとり息子

「青年よ。あなたに言う、起きなさい」

      ②それらの奇跡との違い

        *死んですぐの復活と、4日目の復活

        *数節と、44節

        *少数の目撃者と、多数の目撃者

      ⑤ラザロの復活は、「ヨナのしるし」である。

        *イエスのメシア性を証明する奇跡。公生涯で最大の奇跡と言ってもいい。

        *国の指導者たちは、信仰によって応答しなければならない。

  2.アウトライン

    (1)イエスと弟子たち(1~16節)

    (2)イエスとマルタ(17~27節)

    (3)イエスとマリア(28~32節)

    (4)イエスとラザロ(33~44節)

    (今回は、(1)と(2)を取り上げる)

  3.結論

    (1)聖書が教える死の意味

    (2)光と闇の葛藤

死といのちについて考えてみる。

Ⅰ.イエスと弟子たち(1~16節)

  
1.1~3節


Joh 11:1 さて、ある人が病気にかかっていた。ラザロといって、マリヤとその姉妹マルタとの村の出で、ベタニヤの人であった。


Joh 11:2 このマリヤは、主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤであって、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。


Joh 11:3 そこで姉妹たちは、イエスのところに使いを送って、言った。「主よ。ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」

    
(1)ヨハネは、マリアを中心にこの一家を紹介している。

      ①「主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤ」と説明している。

      ②イエスは、ベタニヤ村のこの一家を愛された。

      ③取るに足りないこの村が、イエスを愛する者たちがいたので有名になった。

    (2)ラザロが重病になった。

      ①ラザロの罪が問題だという指摘は、全くない。彼は義人である。

      ②姉妹たちは、イエスのところに使いを送った。そこまでの距離は、1日である。

      ③「あなたが愛しておられる者」というのが、イエスへの懇願のベースにある。

      ④ところが、ラザロはその直後に亡くなったようである。

  2.4~6節


Joh 11:4
イエスはこれを聞いて、言われた。「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」

Joh 11:5 イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。


Joh 11:6 そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた。

    
(1)ラザロの病気は、死で終わるものではない。

      ①この病気の最終結末は、肉体の死ではない。

      ②ラザロは復活し、神の栄光が現れる。

      ③それによって、神の子は栄光を受ける。

    (2)ここには、アイロニー(皮肉)がある。

      ①父なる神へのイエスの従順が示された。

      ②イエスはラザロにいのちを与えるが、そのことがイエスを十字架の死に導く。

      ③十字架の死は、イエスの栄光の現れである。

    (3)イエスは、なおもその場所に2日とどまった。

      ①「わたしの時がまだ満ちていないからです」(ヨハ7:8)

      ②イエスは、父なる神のタイムテーブルに従って行動する。

  3.7~10節

Joh 11:7 その後、イエスは、「もう一度ユダヤに行こう」と弟子たちに言われた。


Joh 11:8
弟子たちはイエスに言った。「先生。たった今ユダヤ人たちが、あなたを石打ちにしようとしていたのに、またそこにおいでになるのですか。」


Joh 11:9
イエスは答えられた。「昼間は十二時間あるでしょう。だれでも、昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。

Joh 11:10 しかし、夜歩けばつまずきます。光がその人のうちにないからです。」

    
(1)弟子たちの認識

      ①もう一度ユダヤに行くのは、危険である。

      ②生まれつきの盲人の癒しの後で、ユダヤ人たちはイエスに石を投げようとした。

      ②そこで弟子たちは、イエスがベタニヤに行かないように説得する。

    (2)イエスの認識

      ①ベタニヤに行くのは、そんなに危険なことではない。

      ②神の御心の内を歩めば、つまずくことはない。

  
4.11~12節


Joh 11:11
イエスは、このように話され、それから、弟子たちに言われた。「わたしたちの友ラザロは眠っています。しかし、わたしは彼を眠りからさましに行くのです。」

Joh 11:12 そこで弟子たちはイエスに言った。「主よ。眠っているのなら、彼は助かるでしょう。」

    
(1)イエスの認識

①ラザロは「わたしたちの友」。イエスの命令を実行する人は、友である。

②ラザロは眠っている。死んだという意味。

  *新約聖書では、眠りは肉体の状態に言及する言葉である。

  *信者にのみ適用する言葉である。

③眠りからさましに行く。復活させるために行く。

    (2)弟子たちの認識

      ①眠っているなら、行かなくても助かるでしょう。

      ②ベタニヤに行かないための口実を設けている。

  
5.13~15節


Joh 11:13 しかし、イエスは、ラザロの死のことを言われたのである。だが、彼らは眠った状態のことを言われたものと思った。

Joh 11:14 そこで、イエスはそのとき、はっきりと彼らに言われた。「ラザロは死んだのです。


Joh 11:15
わたしは、あなたがたのため、すなわちあなたがたが信じるためには、わたしがその場に居合わせなかったことを喜んでいます。さあ、彼のところへ行きましょう。」

    
(1)イエスは明確に意図を明らかにされた。

      ①ラザロは死んだ。

      ②自分がその場に居合わせなかったことを喜んでいる。

      ③ラザロの死を喜んでいるのではない。

      ④もしイエスがそこにいたなら、ラザロは死んでいなかった。

        *イエスの前で人が死んだという記録はない。

      ⑤ラザロが死んでいなかったら、復活の奇跡が行われることもなかった。

    (2)イエスは、「あなたがたが信じるためには」と言われる。

      ①弟子たちはすでに信じていたが、まだ信仰が成長する余地があった。

  
6.16節


Joh 11:16 そこで、デドモと呼ばれるトマスが、弟子の仲間に言った。「私たちも行って、主といっしょに死のうではないか。」

    
(1)トマスは、疑り深い人物として有名である。

      ①ここでは、自己犠牲の精神を表明し、リーダーシップを発揮している。

      ②しかしこれは、落胆から出た開き直りの言葉のようである。

    (2)この言葉もまた、アイロニー(皮肉)である。

      ①彼は、メシアの死と自分たちの死の違いを理解していない。

      ②彼の意図とは異なるが、結果的に、弟子たちのほぼ全員が殉教の死を遂げる。

Ⅱ.イエスとマルタ(17~27節)

  1.17~19節

Joh 11:17 それで、イエスがおいでになってみると、ラザロは墓の中に入れられて四日もたっていた。

Joh 11:18 ベタニヤはエルサレムに近く、三キロメートルほど離れた所にあった。

Joh 11:19 大ぜいのユダヤ人がマルタとマリヤのところに来ていた。その兄弟のことについて慰めるためであった。

    
(1)ラザロは4日間墓に入っていた。

      ①使者がイエスのところに来るのに1日かかる。

      ②イエスは、そこに2日留まった。

      ③イエスがベタニヤに来るのに1日かかった。

      ④パリサイ人たちは、死者の魂は死後3日間漂っていると教えた。

      ⑤4日経つということは、蘇生の見込みがなくなったという意味である。

      ⑥当時の埋葬法は、2段階に分かれていた。

        *遺体を麻布にくるんで埋葬した。

        *後に、遺骨を石棺に納めた。

    (2)ベタニヤはエルサレムから3キロメートルほどである。

      ①エルサレムからも人々が来ていた。

      ②イエスの公生涯の終わりに起こることを予感させる。

    (3)大ぜいのユダヤ人が、遺族を慰めるためにそこに来ていた。

      ①ユダヤ教では、「シバ」(7日間)という習慣が発展した。

      ②今でも、この習慣が生きている。

      (例話)第60回聖地旅行での体験

  
2.20~22節

Joh 11:20 マルタは、イエスが来られたと聞いて迎えに行った。マリヤは家ですわっていた。


Joh 11:21 マルタはイエスに向かって言った。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。

Joh 11:22 今でも私は知っております。あなたが神にお求めになることは何でも、神はあなたにお与えになります。」

    
(1)マルタは行動的であり、マリアは思索的である。

    (2)マルタの言葉は、信仰告白である。

      ①彼女は、イエスは癒しの力を持っていることを信じていた。

        *これは、限定的信仰である。イエスは距離を乗り越えて奇跡を行う。

      ②イエスを責める意図はない。イエスに情報が届く前に、ラザロは死んでいた。

      ③イエスの上に、神の祝福があることを信じていた。

  
3.23~24節

Joh 11:23 イエスは彼女に言われた。「あなたの兄弟はよみがえります。」


Joh 11:24 マルタはイエスに言った。「私は、終わりの日のよみがえりの時に、彼がよみがえることを知っております。」

    
(1)イエスの認識

      ①ラザロはすぐに甦る。

      ②マルタの信仰を引き上げようとしている。

    (2)マルタの認識

      ①ラザロは、終わりの日に甦る。

  
4.25~26節


Joh 11:25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

Joh 11:26 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」

    
(1)「わたしは、○○です」はイエスの神性宣言である。

      ①「わたしは、よみがえりです。いのちです」は、第5の神性宣言。

    (2)イエスのことばのパラドックス

      ①肉体の死が、新しいいのちをもたらす。

      ②イエスを信じる者は、肉体的に死んでも、霊的には永遠に生きる。

      ③霊的いのちは、やがて栄光の体に結びつく。

  
5.27節


Joh 11:27 彼女はイエスに言った。「はい。主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストである、と信じております。」

    
(1)マルタの信仰告白

      ①イエスはメシアである。

      ②イエスは神の子である。

      ③イエスは、世に来られるお方である。

      「しゅろの木の枝を取って、出迎えのために出て行った。そして大声で叫んだ。

『ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に』」

(ヨハ12:13)

    (2)マルタの信仰の限界

      ①ラザロがすぐに甦るという信仰はない。

結論

  1.聖書的死の意味

    (1)死は、罪がもたらした悲劇である。

    「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界に入り、罪によって死が入

り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、──それというのも全人類が罪を犯

したからです」(ロマ5:12)

(2)肉体の死は、霊的死に関する実物教育である。

  *肉体の死は、霊と肉体の分離である。

  *霊的死は、神からの分離である。

(3)イエスは、人々にいのちを与えるために来られた。

「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わた

しが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです」(ヨハ10:10)

(4)2種類の人たちがいる。

「御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見る

ことがなく、神の怒りがその上にとどまる」(ヨハ3:36)

   ①イエスを信じて命を得る人たち

   ②イエスを拒否する人たち

     *最後は、「火の池」に行く。第2の死である(黙20:14~15)。

 

  2.光と闇の葛藤

  「イエスは答えられた。『昼間は十二時間あるでしょう。だれでも、昼間歩けば、つまずく

ことはありません。この世の光を見ているからです。しかし、夜歩けばつまずきます。光

がその人のうちにないからです』」(ヨハ11:9~10)

    (1)これは、ヨハネの福音書のサブテーマである。

    (2)直接的な意味

①太陽が出ている時間は、日に12時間ある。

②その時間に歩けば、光があるので、歩いてもつまずかない。

    (3)適用

      ①自分は、父なる神の御心の中を歩いている。

      ②それゆえ、安全である。

      ③父なる神の御心の外を歩いている人は、危険な状態にある。

      ④それは、闇の中を歩くことである。

      ⑤神の御心に従っている人には、神が定めた時以外に死が襲うことはない。

      ⑥イエスがおられる間に信じなければ、やがて闇が襲うようになる。

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