コリント人への手紙第一(16)偶像に献げられた肉(2)―使徒職の弁明―9:1~27

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使徒職の弁明について学ぶ。

コリント人への手紙第一 16回

偶像に献げられた肉(2)

―使徒職の弁明―

9 :1~27

はじめに

1.文脈の確認

(1)イントロダクション(1:1~9)

(2)教会内の分裂(1:10~4:21)

(3)教会内の無秩序(5~6)

(4)教会からの質問(7~16)

  ①結婚に関する教え(7:1~40)

  ②偶像に献げられた肉(8:1~11:1)

    *愛は知識に勝る(8:1~13)

    *使徒職の弁明(9:1~27)

    *偶像礼拝の罪(10:1~22)

    *市場で売っている肉(10:23~11:1)

2.注目すべき点

(1)「〇〇についてですが」(ペリ・デ)ということばが出てこない。

  ①この箇所では、「偶像に献げられた肉」というテーマが続いている。

(2)1コリ8:13の確認

1Co 8:13 ですから、食物が私の兄弟をつまずかせるのなら、兄弟をつまずかせないために、私は今後、決して肉を食べません。

  ①コリントの信者たちは、パウロが自由を制限している理由を誤解した。

3.アウトライン(使徒職の弁明)

(1)使徒としての権利(1~14節)

(2)権利の制限(15~18節)

(3)使徒としての自由(19~23節)

(4)奨励(24~27節)

4.結論 :5つの冠

使徒職の弁明について学ぶ。

Ⅰ.使徒としての権利(1~14節)

1.1~2節

1Co 9:1私には自由がないのですか。私は使徒ではないのですか。私は私たちの主イエスを見なかったのですか。あなたがたは、主にあって私の働きの実ではありませんか。

1Co 9:2

たとえ私がほかの人々に対しては使徒でなくても、少なくともあなたがたに対しては使徒です。あなたがたは、私が主にあって使徒であることの証印です。

(1)4つの修辞的疑問文を投げかけている。

  ①私には自由がないのですか。→イエス。

  ②私は使徒ではないのですか。→イエス。

  ③私は私たちの主イエスを見なかったのですか。→イエス。

  ④あなたがたは、主にあって私の働きの実ではありませんか。→イエス。

(2)パウロの使徒職を証明するもの

  ①彼は、ダマスコ途上で復活のイエスに出会った。

  ②コリント教会は、彼の働きによって設立された。

2.3節

1Co 9:3 私をさばく人たちに対して、私は次のように弁明します。

(1)パウロは、彼を疑う人たち(コリントの信者たち)に対して弁明する。

  ①当時の哲学者たちは、授業料、献金、物乞い、労働などで糧を得ていた。

  ②パウロには、経済的援助を受ける権利があったが、自給伝道を実践した。

  ③コリントの信者たちは、パウロの使徒職を疑った。

  ④そこでパウロは、自分には援助を受ける権利があるというところから始める。

3.4~6節

1Co 9:4 私たちには食べたり飲んだりする権利がないのですか。

1Co 9:5

私たちには、ほかの使徒たち、主の兄弟たちや、ケファのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのですか。

1Co 9:6

あるいは、私とバルナバだけには、生活のために働かなくてもよいという権利がないのですか。

(1)パウロが持っている権利

  ①食べたり飲んだりする権利

  ②信者である妻を連れ歩く権利

  ③生活のために働かなくてもよいという権利

(2)この権利に関して、パウロは6つの論証を提示する。

  ①習慣に基づく論証

  ②モーセの律法に基づく論証

  ③霊的奉仕の優位性に基づく論証

  ④ほかの奉仕者の例に基づく論証

  ⑤祭司の特権に基づく論証

  ⑥主イエスの教えに基づく論証

4.7節

(1)習慣に基づく論証

1Co 9:7

はたして、自分の費用で兵役に服す人がいるでしょうか。自分でぶどう園を造りながら、その実を食べない人がいるでしょうか。羊の群れを飼いながら、その乳を飲まない人がいるでしょうか。

  ①自分の費用で兵役に服す人がいるでしょうか(兵士)。

  ②自分でぶどう園を造りながら、その実を食べない人がいるでしょうか(農夫)。

  ③羊の群れを飼いながら、その乳を飲まない人がいるでしょうか(羊飼い)。

5.8~10節

(2)モーセの律法に基づく論証

1Co 9:8

私がこのようなことを言うのは、人間の考えによるのでしょうか。律法も同じことを言ってはいないでしょうか。

1Co 9:9

モーセの律法には「脱穀をしている牛に口籠をはめてはならない」と書いてあります。はたして神は、牛のことを気にかけておられるのでしょうか。

1Co 9:10

私たちのために言っておられるのではありませんか。そうです。私たちのために書かれているのです。なぜなら、耕す者が望みを持って耕し、脱穀する者が分配を受ける望みを持って仕事をするのは、当然だからです。

  ①「脱穀をしている牛に口籠をはめてはならない」(申25:4)

  ②神は牛を気にかけておられるが、この命令が書かれたのは人間のためである。

6.11節

(3)霊的奉仕の優位性に基づく論証

1Co 9:11

私たちがあなたがたに御霊のものを蒔いたのなら、あなたがたから物質的なものを刈り取ることは、行き過ぎでしょうか。

  ①霊的なことがらは、物質的なことがらよりも、すぐれている。

  ②前者は永遠に続くが、後者は一時的である。

  ③霊的な奉仕を行ったパウロが、物質的な刈り取りを求めるのは当然である。

  ④「行き過ぎでしょうか」ということばに、パウロの憤りが表現されている。

7.12節

(4)ほかの奉仕者の例に基づく論証

1Co 9:12ほかの人々があなたがたに対する権利にあずかっているのなら、私たちは、なおさらそうではありませんか。それなのに、私たちはこの権利を用いませんでした。むしろ、キリストの福音に対し何の妨げにもならないように、すべてのことを耐え忍んでいます。

  ①ほかの人々は、コリント教会から援助を受けている。

  ②この教会の設立者であるパウロが援助を受けるのは、当然ではないか。

  ③しかしパウロは、福音宣教の妨げとならないように、その権利を放棄した。

8.13節

(5)祭司の特権に基づく論証

1Co 9:13

あなたがたは、宮に奉仕している者が宮から下がる物を食べ、祭壇に仕える者が祭壇のささげ物にあずかることを知らないのですか。

  ①神殿で仕える祭司は、神へのささげ物の中から自分の取り分を得る。

  ②異教の宮でも、同じ習慣があった。

9.14節

(6)主イエスの教えに基づく論証

1Co 9:14

同じように主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活の支えを得るように定めておられます。

  ①マタ10:10

Mat 10:10 袋も二枚目の下着も履き物も杖も持たずに、旅に出なさい。働く者が食べ物を得るのは当然だからです。

Ⅱ.権利の制限(15~18節)

1.15節

1Co 9:15

しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。また、私は権利を用いたくて、このように書いているのでもありません。それを用いるよりは死んだほうがましです。私の誇りを空しいものにすることは、だれにもできません。

(1)パウロは、これらの権利を一つも用いないとことが権利だという。

  ①それがパウロの誇りである。

2.16~17節

1Co 9:16

私が福音を宣べ伝えても、私の誇りにはなりません。そうせずにはいられないのです。福音を宣べ伝えないなら、私はわざわいです。

1Co 9:17

私が自発的にそれをしているなら、報いがあります。自発的にするのでないとしても、それは私に務めとして委ねられているのです。

(1)パウロは、福音を宣べ伝えてもそれを誇ることはできないという。

  ①福音伝達は、神から与えられた使命である。

  ②もし福音を宣べ伝えないなら、最も哀れな人間になる。

  ③自発的に福音を宣べ伝えるなら、報いがある。

  ④自発的でないにして、神から委ねられて使命なので、福音を宣べ伝える。

3.18節

1Co 9:18

では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに無報酬で福音を提供し、福音宣教によって得る自分の権利を用いない、ということです。

(1)パウロが得る報いとは何か。

  ①無報酬で福音を宣べ伝えるということ。

  ②使徒としての権利を用いないということ。

  ③これは、パウロの使徒職を否定する人たちへの反論である。

  ④パウロは、隣人の祝福のために自らの権利を放棄する。

    *偶像の宮での飲食を控える。

    *使徒としての権利の行使を控える。

Ⅲ.使徒としての自由(19~23節)

1.19節

1Co 9:19

私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷になりました。

(1)パウロは、誰の世話にもなっていないので、制約を受けることがなかった。

  ①その結果、すべての人の奴隷となることができた。

  ②それは、より多くの人を救いに導くためであった。

2.20~22節

1Co 9:20

ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人たちには──私自身は律法の下にはいませんが──律法の下にある者のようになりました。律法の下にある人たちを獲得するためです。

1Co 9:21

律法を持たない人たちには──私自身は神の律法を持たない者ではなく、キリストの律法を守る者ですが──律法を持たない者のようになりました。律法を持たない人たちを獲得するためです。

1Co 9:22

弱い人たちには、弱い者になりました。弱い人たちを獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。何とかして、何人かでも救うためです。

(1)ユダヤ人にはユダヤ人のようになった。

  ①律法を行うのは、救われるためではなく、ユダヤ人に伝道するためである。

  ②テモテに割礼を受けさせた(使16:3)。

(2)異邦人には異邦人のようになった。

  ①異邦人には、モーセの律法を持たない者のようになった。

  ②異邦人といるときは、異邦人が食べる物を食べた。

  ③パウロ(新約時代のユダヤ人信者)は、モーセの律法から解放された。

  ④彼らには、キリストの律法が与えられている。

    *キリストの教えと使徒たちの教え

    *モーセの律法とキリストの律法は一部重複するが、同じものではない。

(3)弱い人たちには、弱い者になった。

  ①弱い人たちとは、良心が過敏な不信者のことである。

  ②パウロは、弱い人たちの心に寄り添った。

3.23節

1Co 9:23

私は福音のためにあらゆることをしています。私も福音の恵みをともに受ける者となるためです。

(1)福音を伝えるために、あらゆることをしている(パウロは一貫している)。

  ①他の人たちと福音の恵みを共有するのは、素晴らしいことである。

Ⅳ.奨励(24~27節)

1.24節

1Co 9:24

競技場で走る人たちはみな走っても、賞を受けるのは一人だけだということを、あなたがたは知らないのですか。ですから、あなたがたも賞を得られるように走りなさい。

(1)オリンピックゲームズに続いて有名なのは、イスティアゲームズである。

  ①コリント近くのイストミア地峡で開催された。

    *前6世紀頃に始まり、2年に1回のペースで開催された。

    *陸上競技、レスリング、ボクシング、格闘技、馬車レース

(2)運動競技とクリスチャン生活の違い

  ①運動競技では、優勝者は一人だけである。

  ②クリスチャン生活は、他のクリスチャンとの競争ではない。

    *主に忠実な者には、賞が与えられる。

  ③2テモ4:8

2Ti 4:8
あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです。

2.25節

1Co 9:25

競技をする人は、あらゆることについて節制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。

(1)イスティアゲームズに参加する選手は、10か月間の訓練を行った。

  ①彼らは、朽ちる冠を受けるために、自由を犠牲にした。

  ②霊的競技に参加する選手は、朽ちない冠を受けるために自由を犠牲にする。

3.26~27節

1Co 9:26

ですから、私は目標がはっきりしないような走り方はしません。空を打つような拳闘もしません。

1Co 9:27

むしろ、私は自分のからだを打ちたたいて服従させます。ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者にならないようにするためです。

(1)パウロは、目標を定めて奉仕をしている。

  ①目標とは、罪人の救い、教会の成長、神の国の拡大などである。

  ②そのために、自己管理を徹底的に行っている。

    *からだは戦うべき敵である。

    *道徳的・倫理的戦いもある。

  ③パウロは、失格者になることを恐れている。

    *救いを失うことではなく、報奨を失うことである。

結論:5つの冠

1.朽ちない冠(1コリ9:24~25)

2.誇りの冠(1テサ2:19)

3.義の冠(2テモ4:7~8)

4.いのちの冠(ヤコ1:12)

5.栄光の冠(1ペテ5:2~4)

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