私たちはプロテスタントのキリスト教福音団体です。『1. 聖書のことばを字義どおりに解釈する 2. 文脈を重視する 3. 当時の人たちが理解した方法で聖書を読む 4. イスラエルと教会を区別する』この4点を大切に、ヘブル的聖書解釈を重視しています。詳しくは私たちの理念をご確認ください。
十字架のことば(3)—第2のことば:救いを約束することば—
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第2のことば:救いを約束することばの意味について考えます。
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十字架のことば(3)
―第2のことば:救いを約束することば―
ルカ23:35~43
1.はじめに
(1)「十字架のことば」には7つある。
①前半:午前9時から正午までの間の3時間
*3つのことば
*他人に関するものである。
②後半:正午から午後3時までの間の3時間
*4つのことば
*自分に関するものである。
(2)第1のことばは、赦しの祈りである。
「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」
(ルカ23:34)
(3)第2のことばは、救いを約束することばである。
「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいま
す」 (ルカ23:43)
2.アウトライン
(1)十字架を取り巻く人々
(2)十字架に付けられたイエス
(3)イエスを見る2つの目―①不信仰の目
(4)イエスを見る2つの目―②信仰の目
3.結論:このことばの現代的意味
このメッセージは、第2のことばの意味について考えるものである。
Ⅰ.十字架を取り巻く人々
1.民衆
「民衆はそばに立ってながめていた」(35節a)
(1)過越の祭りのためにエルサレムに来ていた。
①傍観者、野次馬
(2)リーダーコンプレックスを持った者たち
①状況に流されやすい者たち
②彼らの多くが、その数日前に、イエスを熱狂的に歓迎した人々である。
2.指導者たち
「指導者たちもあざ笑って言った。『あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ば
れた者なら、自分を救ってみろ』」 (35節b)
(1)指導者たちとは、祭司、長老、律法学者、などである。
①彼らの判断で、国の方向性、運命が変わる。
(2)彼らは、イエスをあざ笑った。
①彼らは一度も、直接イエスに呼びかけていない。
②イエスを第3者として扱っている。
(3)2重のアイロニー(皮肉、当てこすり)がある。
①自分を救ってくださる方を、あざ笑っている。
②あざけりの言葉は、サタン的である。
③もし、本当にメシアであるなら、自分を救わせたらよい。
(Let him save himself.)
(4)荒野の誘惑でのサタンの言葉
①「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい」(マタ4:3)
②「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。『神は御使いたちに命じて、
その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにさ
れる』と書いてありますから」 (マタ4:6)
3.兵士たち
「兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、『ユダヤ
人の王なら、自分を救え』と言った」 (36~37節)
(1)酸いぶどう酒は、喉の渇きを癒し、鎮痛効果をもたらす。
①これは、憐みの行為のように見える。
②しかし、兵士たちは「あざけり」の行為の中でこれを行っている。
(2)これは、預言の成就となっている。
「彼らは私の食物の代わりに、苦味を与え、私が渇いたときには酢を飲ませまし
た」 (詩69:21)
(3)「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と言った。
①これは、イエスの罪状である。
②これを材料に、イエスをあざけった。
③ローマ兵たちには、統治しにくいユダヤ人への反発があった。
④彼らの場合は、イエスに向かって言葉を発している。
Ⅱ.十字架に付けられたイエス
1.イエスの犠牲を思え。
(1)イエスの受肉
①イエスの辱めは、誕生の時から始まっている。
②神のしもべとしてのイエス
(2)十字架は、辱めのクライマックスである。
①イエスは、罪人の間に数えられた。
2.イエスの力を思え。
(1)イエスは、死に行く途上においても、人を救うことができた。
①十字架上の第一のことばは、「赦しの祈り」であった。
3.十字架の皮肉を思え。
(1)あざけりは、十字架刑の苦痛の一部である。
①そこにいた人たちは、もしメシアなら自分を救えと言った。
②もしイエスが自分を救ったなら、人類を救うことができなくなる。
③もしイエスが十字架から降りたなら、メシアではないことになる。
(2)「『これはユダヤ人の王』と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった」(38節)
①これは罪状書きである。
②ヘブル語、ラテン語、ギリシア語で書いてあった(ヨハ19:20)。
③そこにいた人たちは、王が殺され、その王国を失おうとしている、と考えた。
④しかしイエスは、死ぬことを通して、全人類の王となろうとされた。
Ⅲ.イエスを見る2つの目―①不信仰の目
1.真理が見えていない目
「十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、『あなたはキリストで
はないか。自分と私たちを救え』と言った」 (39節)。
(1)悪口を繰り返し言った。
(2)「あなたはキリストではないか」は、肯定的答えを想定した質問である。
①一見、信仰深そうに見える。
②しかし、「自分と私たちを救え」という言葉が、彼の本心を表している。
2.この犯罪人(強盗)の問題点
(1)彼が願っているのは、脱獄と同じレベルのことである。
(2)ご利益信仰の限界
①病の癒し、困難からの脱出、繁栄の約束
②それが叶えられたなら、神のことは忘れてしまう。
Ⅳ.イエスを見る2つの目―②信仰の目
1.真理が見えている目
「ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。『おまえは神をも恐れ
ないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。われわれは、自分のしたことの報
いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ』」
(40~41節)
(1)マタイとマルコによれば、最初は2人ともイエスに悪口を言っていた。
(2)しかし、途中で彼は、悔い改めた。
①赦しの祈りを聞いた。
②黙って苦痛と辱めに耐えているイエスの姿を見た。
③相棒の醜い姿の中に、自分を見た。
④間もなく神の裁きの前に立つのだから、これ以上罪を重ねるなという忠告。
(3)彼は、「だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ」と言った。
①イエスは、自分がメシアであると主張したので、十字架刑に処せられている。
②イエスは、ご自分が主張された通り、メシアである。
2.信仰告白
「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください」
(42節)
(1)彼の信仰の内容は、不鮮明である。
①「御国」とは、メシア的王国(千年王国)である。
②直後の祝福を期待したのか、裁きの日における祝福を期待したのかは、不明。
(2)しかし、イエスがメシアであることは明確に信じた。
①この犯罪人が、一番すぐれた信仰を発揮した。
②ユダヤ教の指導者たちよりも、すぐれた信仰
③イエスの弟子たちよりも、すぐれた信仰
3.イエスの回答
「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます」
(42~43節)
(1)この犯罪人の不完全な信仰が、祝された。
①イエスは、直後の祝福を約束された。
②「きょう」とある。
(2)「わたしとともにパラダイスにいます」
①死者の魂が行く場所は、シオール(よみ)である。
②そこは、2重構造になっており、義人の魂はシオールの祝福の場所に行く。
③その祝福の場所は、「アブラハムのふところ」(ルカ16:22)と呼ばれる。
④そこが、パラダイスである。
⑤イエスの昇天によって、パラダイスは天に引き上げられた。
結論:このことばの現代的意味
1.決断の重要性
(1)わずか数メールの距離にいた2人の強盗の運命は、永遠に分かたれた。
2.信仰による救い
(1)彼には、業による救いは不可能であった。
(2)彼は、信仰によって救われた。
3.決断するのに、遅過ぎることはない。
(1)若い時にキリストを信じるのが最善である。
(2)しかし、決断するのに、遅すぎることはない。
(例話)父の救い
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