私たちはプロテスタントのキリスト教福音団体です。『1. 聖書のことばを字義どおりに解釈する 2. 文脈を重視する 3. 当時の人たちが理解した方法で聖書を読む 4. イスラエルと教会を区別する』この4点を大切に、ヘブル的聖書解釈を重視しています。詳しくは私たちの理念をご確認ください。
メシアの生涯(67)—イエスの母と兄弟たち—
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このメッセージは、人生の分岐点について学ぼうとするものである。
「イエスの母と兄弟たち」
§063 マコ3:31~35、マタ12:46~50、ルカ8:19~21
1.はじめに
(1)文脈の確認
①A.T.ロバートソンの調和表は、ここでルカの福音書の順番から外れる。
②ルカが最も正確に、イエスの生涯を時間順に記録している。
③ルカが記した順番に注目する必要がある。
*ベルゼブル論争が行われた。
*ユダヤ人たちは公にイエスのメシア性を拒否した。
*この出来事は、イエスの公生涯の分岐点となった。
*これ以降、イエスの奉仕の方法が変化した。
*イエスは、大衆伝道から弟子訓練に方向転換した。
*イエスの奇跡は、弟子訓練のためのものとなった。
*イエスの教えは、たとえ話が中心となった。
④この箇所の出来事は、イエスのたとえ話の間に入るべきものである。
*マタ13章には、たとえ話が多数出て来る。
(2)きょうの箇所は短い箇所であるが、非常に重要な箇所である。
①イエスの公生涯の方向性が変化した。
②その変化は、私たち異邦人にとって重要な意味を持つ。
(3)A.T.ロバートソンの調和表
「キリストを連れ戻しに来た母と兄弟たち」(§63)
マコ3:31~35、マタ12:46~50、ルカ8:19~21
2.アウトライン
(1)母と兄弟たちの訪問(46節)
(2)取り次ぐ人々(47節)
(3)イエスの回答:否定的な内容(48節)
(4)イエスの回答:肯定的な内容(49~50節)
3.結論:
(1)異邦人の救い
(2)ユダヤ人個人の救い
(3)ユダヤ民族の救い
このメッセージは、神による人類救済計画の流れを学ぶためのものである。
Ⅰ.母と兄弟たちの訪問(46節)
「イエスがまだ群衆に話しておられるときに、イエスの母と兄弟たちが、イエスに何か話そうとして、外に立っていた」 (46節)
1.イエスの家族がやって来た。
(1)母マリア
①カトリックの教理
*無原罪の御宿り
*聖母の被昇天
*永遠の処女
②これらの教理は、聖書的ではない。
(2)兄弟たち
①マリアが生んだ子どもたち
②イエスにとっては、異父兄弟である。
2.どういう目的でやって来たのか。
(1)マコ3:21からのヒント
「イエスの身内の者たちが聞いて、イエスを連れ戻しに出て来た。『気が狂ったのだ』
と言う人たちがいたからである」 (マコ3:21)
(2)ヨハ7:5からのヒント
「兄弟たちもイエスを信じていなかったのである」 (ヨハ7:5)
(3)当時の状況
①ベルゼブル論争によって、イエスと悪霊の関わりの噂が流れた。
②たとえ話の多用によって、イエスが正気かどうか、疑われた。
③イエスの家族たちは、イエスのことを心配した。
*気が狂ったのだろうか。
*休息が必要なのだろうか。
Ⅱ.取り次ぐ人々(47節)
「すると、だれかが言った。『ご覧なさい。あなたのお母さんと兄弟たちが、あなたに話そうとして外に立っています』」 (47節)
1.イエスの母と兄弟たちは、イエスに近づけなかった。
(1)大ぜいの人が、イエスを囲んで座っていた(マルコの情報)。
①彼らは外に立っていて、人をやり、イエスを呼ばせた。
②マタイではひとりの人が、マルコでは大ぜいの人が、イエスに呼びかけた。
2.ユダヤ的文脈の中では、この取り次ぎは当然のことである。
(1)モーセの律法では、両親を敬うことは重要な命令である。
①ユダヤ教の教えでも、両親を敬うことは最も重要な命令であるとされた。
②それゆえ、取り次いだ人たちは、当然のことをしているのである。
(2)紀元1世紀のユダヤ人社会における家族関係を理解することが、重要である。
①その前提のもとに、イエスのことばを聞くと、その革命性がよく分かる。
Ⅲ.イエスの回答:否定的な内容(48節)
「しかし、イエスはそう言っている人に答えて言われた。『わたしの母とはだれですか。また、わたしの兄弟たちとはだれですか』」
1.イエスは、血のつながりを根拠としてイエスに近づくことを、否定された。
(1)マリアが他の人にない特権を持っているという考え方は、否定される。
2.パリサイ人たちは、ユダヤ人として誕生したなら、神の国に入れると教えていた。
(1)イエスのこのことばは、アブラハムの子孫であるという誇りを粉砕する。
3.イエスの母と兄弟たちは、イスラエルという国全体の象徴である。
(1)公生涯のこの段階で、イエスはイスラエルとの特別な関係を断ち切られた。
①形式的信仰が否定された(マタ12:43~45)。
*イスラエルの後の状態は、以前よりも悪くなる。
②血のつながりが否定された(マタ12:46~50)。
Ⅳ.イエスの回答:肯定的な内容(49~50節)
「それから、イエスは手を弟子たちのほうに差し伸べて言われた。『見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。天におられるわたしの父のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです』」 (49~50節)
1.弟子たちに向けたことば
(1)彼らは、イエスをメシアと信じた人たちである。
①イエスを信じることは、父なる神の御心を行うことである。
(2)「天におられるわたしの父」
①「天におられる私たちの父」ではない。
②イエスと天の父の特別な関係を示す言葉である。
③三位一体の父と子の関係
2.イエスは、信仰によってイエスに近づくことを肯定された。
(1)ユダヤ人たちの運命
①アブラハム契約のゆえに、彼らが神の民であることは変わらない。
②しかし、不信仰な状態では、神の民としての祝福を受けることができない。
③さらに、神の民であるがゆえに、矯正的裁きを受けることになる。
*裁きは、彼らを信仰に立ち返らせるための訓練である。
(2)異邦人の運命
①異邦人は、アブラハムの子孫ではない。
②また、イエスと血のつながりはない。
③さらに、種々の契約とは無縁である。
④しかし、信仰によって「神の家族」の一員とされるようになる。
(3)イエスのこのことばには、異邦人伝道への展望がある。
結論
はじめに:イエスのことばには、ホセア書の背景がある。
(1)ホセ1:2
「【主】がホセアに語り始められたとき、【主】はホセアに仰せられた。『行って、姦
淫の女をめとり、姦淫の子らを引き取れ。この国は【主】を見捨てて、はなはだしい
淫行にふけっているからだ』」
①【主】が預言者に、不思議な行為をするように命じることがある。
*それは実際の行為であると同時に、象徴的な意味を持つ。
②この命令もそれと同じで、実際の行為であり、かつ象徴的な意味を持つ。
③「姦淫の女」とは、娼婦のことである。
*この時点で、ホセアの妻になる女性は、すでに娼婦となっている。
④「姦淫の子ら」とは、その娼婦の子どもたちである。
*避妊や中絶の知識が希薄な時代である。
*年若い娼婦が、複数の子どもを持つことは珍しくなかった。
*ホセアの妻の場合は、2人以上の子どもを持っていた。
*ホセアは彼らを養子に迎えた。
⑤象徴的な意味
*ホセアは、神を象徴している。
*姦淫の女は、イスラエルの民(北王国)を象徴している。
*姦淫とは、偶像礼拝のことである。
(2)ホセ1:3
「そこで彼は行って、ディブライムの娘ゴメルをめとった。彼女はみごもって、彼に
男の子を産んだ」
①娼婦の名前
*ゴメル(完成、完ぺき、という意味)
②父の名前
*ディブライム(いちじくの菓子、という意味)
*この時代、「いちじくの菓子」という言葉には、性的な意味があった。
③「ディブライムの娘ゴメル」
*完ぺきな性欲の満たし、という意味になる。
*彼女の相手になる人は、満足するということ。
*偶像にとっては、イスラエルの民ほど好都合な民はない。
(3)ゴメルがホセアに生んだ子どもたち
①男の子 イズレエル
*イズレエルの谷を象徴する名前
②女の子 ロ・ルハマ
*「恵みはない」という意味
*イスラエルの民は、契約の民としての祝福を受けることができなくなる。
③男の子 ロ・アミ
「主は仰せられた。『その子をロ・アミと名づけよ。あなたがたはわたしの民で
はなく、わたしはあなたがたの神ではないからだ』」(1:9)
*「私の民ではない」という意味
*神との関係が断絶した。
*イエスが血の関係を否定された時、ホセ1:9の預言が成就した。
*イスラエルの民は、「ロ・アミ」とされた。
(4)しかし、将来の回復が預言されている。
「イスラエル人の数は、海の砂のようになり、量ることも数えることもできなくなる。
彼らは、『あなたがたはわたしの民ではない』と言われた所で、『あなたがたは生ける
神の子らだ』と言われるようになる」(ホセ1:10)
①断絶と回復が、ホセア書のテーマである。
②終わりの時代に、ホセ1:10が成就する。
1.異邦人の救い
(1)私たちは、契約の民でなかったが、信仰と恵みによって神の子とされた。
(2)ロマ9:24~26
「神は、このあわれみの器として、私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人
の中からも召してくださったのです。それは、ホセアの書でも言っておられるとおり
です。『わたしは、わが民でない者をわが民と呼び、愛さなかった者を愛する者と呼
ぶ。「あなたがたは、わたしの民ではない」と、わたしが言ったその場所で、彼らは、
生ける神の子どもと呼ばれる』」
2.ユダヤ人個人の救い
(1)ユダヤ人の中からもイエスをメシアと信じる者が起こされた。
(2)1ペテ2:9~10
「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とさ
れた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招い
てくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。あな
たがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受
けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です」
3.ユダヤ民族の救い
(1)現在のユダヤ人伝道は、個人としての救いをもたらすものである。
(2)ユダヤ民族の救いは、終末時代に成就する。
(3)ゼカ13:9
「わたしは、その三分の一を火の中に入れ、銀を練るように彼らを練り、金をためす
ように彼らをためす。彼らはわたしの名を呼び、わたしは彼らに答える。わたしは『こ
れはわたしの民』と言い、彼らは『【主】は私の神』と言う」
まとめ
(1)ユダヤ人が、全人類を救うために、神の民として召された。
(2)しかし彼らは、不信仰のゆえに、「ロ・アミ」となった。
(3)信仰によって、異邦人が「神の民」とされるようになった。
(4)と同時に、ユダヤ人個人も、信仰によって「神の民」とされる。
(5)ユダヤ民族全体が「神の民」となるのは、大患難時代の終わりの時点である。
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