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ルカの福音書(22)中風の人の癒し5:17~26
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ユダヤ的視点から、中風の人の癒しについて学ぶ。
ルカの福音書 22回
中風の人の
癒し
ルカ5:17~26
1.はじめに
(1)文脈の確認
①イエスはカペナウムに下り、そこを宣教の拠点とした。
②イエスの権威がさまざまな形で証明された。
*悪霊の追い出し(悪霊を制する権威)
*熱病の癒し(病を癒す権威)
*ツァラアト患者の癒し(汚れを清める権威)
③今回のテーマは、中風の人の癒し(罪を赦す権威)である。
(2)ルカの意図
①癒し自体は、第二義的意味しか持っていない。
②罪を赦す権威が、第一義的意味である。
③罪を赦すことができるのは、神だけである。
④イエスは、自らが神であることを宣言された。
2.アウトライン
(1)観察の段階(17節)
(2)中風の人の登場(18~19節)
(3)イエスの神性宣言(20~21節)
3.結論
(1)信仰の力
(2)罪と病の関係
(3)ルカの執筆目的
ユダヤ的視点から、中風の人の癒しについて学ぶ。
Ⅰ.観察の段階(17節)
1.17節a
Luk 5:17a
ある日のこと、イエスが教えておられると、パリサイ人たちと律法の教師たちが、そこに座っていた。彼らはガリラヤとユダヤのすべての村やエルサレムから来ていた。
(1)メシア運動の評価のプロセス(3段階)
①観察の段階
*メシア運動が起こった場合は、本物かどうかを吟味するプロセスが始まる。
*サンヘドリンが審問団を派遣して、吟味の作業を実施する。
*第1段階では、沈黙して目の前に起こっていることがらを観察する。
*メシア運動ではないと判断した場合は、ここで終わる。
②審問の段階
*本物のメシア運動である可能性があると判断した場合は、第2段階に進む。
*第2段階では、ありとあらゆる角度から質問を投げかける。
③評価の段階
*最後に、それが本物のメシア運動であるかどうかを宣言する。
(2)イエスが教えておられる場所に、宗教的指導者たちがいた。
①パリサイ人たちと律法の教師たち(律法学者)
*パリサイ人とは、口伝律法を擁護する政党である。
*律法学者の多くがパリサイ人であるが、全員がそうというわけではない。
②彼らは、「ガリラヤとユダヤとのすべての村々」と「エルサレム」から来ていた。
③メシア運動の「観察の段階」が始まっていた。
(3)イエスがいる場所は、ペテロの家である。
①この家は、緊張感で満ちていたことであろう。
2.17節b
Luk 5:17b
イエスは主の御力によって、病気を治しておられた。
(1)「キュリオスから来る癒しの力」である。
①父なる神が、聖霊を通して癒しを行われる。
②イエスは、ナザレの会堂で、イザ61:1を朗読された(ルカ4:18~19)。
Luk 4:18
「主の霊がわたしの上にある。/貧しい人に良い知らせを伝えるため、/主はわたしに油を注ぎ、/わたしを遣わされた。/捕らわれ人には解放を、/目の見えない人には目の開かれることを告げ、/虐げられている人を自由の身とし、
Luk 4:19 主の恵みの年を告げるために。」
③イエスは、受肉に際して神としての特権を放棄された。
④人間イエスが聖霊に依存されたことは、私たちへの教訓となる。
Ⅱ.中風の人の登場(18~19節)
1.18節
Luk 5:18
すると見よ。男たちが、中風をわずらっている人を床に載せて運んで来た。そして家の中に運び込み、イエスの前に置こうとした。
(1)その家は、人で一杯であった。
①この地方で発掘された家のサイズは、最大でも一辺が3間(5.4メートル)。
②面積は、9坪(18畳)。立った状態で、50人位が最大の収容人数であろう。
(2)中風の人を運んできたのは、4人の男であった(マコ2:2~3)。
①脳溢血の後遺症で、体の一部、あるいは、全部を動かすことができない状態。
②この4人は、家族か、友人であろう。
2.19節
Luk 5:19
しかし、大勢の人のために病人を運び込む方法が見つからなかったので、屋上に上って瓦をはがし、そこから彼の寝床を、人々の真ん中、イエスの前につり降ろした。
(1)余りにも混雑しているので、イエスに近づくことができなかった。
①普通なら諦めて帰る状況である。
②彼らは、屋上に上って瓦をはがした。
③そこから彼の寝床を、人々の真ん中、イエスの前につり降ろした。
(2)この地方の家の構造
①平屋建てで、屋上に人が乗っても平気なくらいに頑丈であった。
②屋上の構造
*梁を渡し、その上にいかだ状の木枠を乗せる。
*さらに、木の枝や、木の葉で覆う。
*最後に、藁を混ぜた粘土を乗せ、それを平らに延ばす。
*乾燥すると、強固な屋上になった。
③外壁に階段が取り付けられおり、そこから屋上に上ることができた。
④ルカの福音書では、「瓦をはがし」となっている。
*これはタイルのことである。
*当時、異邦人の建築様式の影響を受けた家があった。
Ⅲ.イエスの神性宣言(20~21節)
1.20節
Luk 5:20
イエスは彼らの信仰を見て、「友よ、あなたの罪は赦された」と言われた。
(1)マタイとマルコでは、「子よ」という呼びかけになっている。
①イエスの親愛な態度が表現されている。
②イエスは、まず罪の赦しを宣言された。
*この順番が重要である。
*パリサイ人や律法学者の観察の目を意識してのことである。
③イエスは、ご自分には罪を赦す権威があることを示された。
④後に、そのことを肉体的な癒しを行うことによって証明される。
2.21節
Luk 5:21
ところが、律法学者たち、パリサイ人たちはあれこれ考え始めた。「神への冒涜を口にするこの人は、いったい何者だ。神おひとりのほかに、だれが罪を赦すことができるだろうか。」
(1)彼らはまだ発言することを許されていない。
①今は観察の段階にいるので、心の中であれこれ考えるだけである。
(2)彼らの神学は正しい。
①神のほかに、罪を赦すことのできる者はいない。
②罪の赦しを宣言するのは、神への冒涜である。
③しかし彼らは、イエスは神であるという結論を出そうとはしなかった。
Ⅳ.イエスの権威の証明(22~26節)
1.22~23節
Luk 5:22
イエスは彼らがあれこれ考えているのを見抜いて言われた。「あなたがたは心の中で何を考えているのか。
Luk 5:23
『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか。
(1)イエスは、彼らの心の中を見抜いておられた。
①彼らの心は、イエスに対する怒りで煮えくり返っていた。
(2)ラビ的教授法:質問には質問で。
①生徒に考えさせ、自分で正しい結論を導き出せるように指導する。
②「あなたの罪は赦された」と「起きて歩け」。どちらが易しいか。
*「あなたの罪は赦された」と言うほうが簡単である。言えばそれで終わり。
*「起きて歩け」と言うほうが難しい。結果が伴う必要がある。
2.24節
Luk 5:24
しかし、人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたが知るために──。」そう言って、中風の人に言われた。「あなたに言う。起きなさい。寝床を担いで、家に帰りなさい。」
(1)「人の子」とはメシアの称号である(ダニ7:13~14)。
①ルカの福音書では、この称号は初めて登場する。
②ルカの福音書と使徒の働きで、合計26回登場する。
③すべてイエスの自称である。使7:56(ステパノのメッセージ)は例外。
(2)ラビ的教授法:Kal Vahomer (Light and heavy) (カル・バ・ホメル)
①「軽いものから重いものへ」という意味
②より難しいことを行うことによって、易しいことを証明する。
③イエスの基準
*「軽いもの」とは、肉体の癒し。
*「重いもの」とは、罪の赦し。
④彼らの基準
*「軽いもの」とは、罪の赦し。
*「重いもの」とは、肉体の癒し。
(3)イエスは、「寝床をたたんで、家に帰りなさい」と命じた。
①より重いことを命じ、罪の赦しが本当であることを証明しようとされた。
3.25~26節
Luk 5:25
すると彼はすぐに人々の前で立ち上がり、寝ていた床を担ぎ、神をあがめながら自分の家に帰って行った。
Luk 5:26
人々はみな非常に驚き、神をあがめた。また、恐れに満たされて言った。「私たちは今日、驚くべきことを見た。」
(1)中風の人は、信仰によって応答し、すぐに立ち上がった。
①床に寝かされていた人が、床を担いで、神をあがめながら家に帰って行った。
②そこにいた人々も、神をあがめた。
(2)イスラエルは、イエスをメシアとして受け入れるかどうかの岐路に立たされた。
①審問団は、エルサレムに戻り、イエスの主張は吟味に値すると報告した。
②この時点から、第2の段階(審問の段階)に入って行く。
③イエスは常にパリサイ人たちの監視下に置かれるようになる。
④彼らは常に、イエスに論争を挑むようになる。
結論
1.信仰の力
(1)イエスは「彼らの信仰」をご覧になった。
①彼らの中には、中風の人も含まれている。
②4人の男たちは、イエスは病を癒すことができると信じた。
③中風の人も、イエスを信じた。
*彼自身に信仰がなければ、罪の赦しの宣言はあり得ない。
(2)イエスは、まず罪の赦しを宣言された。
①この順番が重要である。
②パリサイ人や律法学者の観察の目を意識してのことである。
③イエスは、ご自分には罪を赦す権威があることを示された。
④次に、そのことを肉体的な癒しを行うことによって証明された。
2.罪と病の関係
(1)すべての病の原因は、究極的には罪である。
①イエスは、病の原因に手を置かれた。
②罪責感が原因となっている病がある。
(2)罪の赦しは、究極的には癒しをもたらす。
①すぐに癒される場合がある。
②そうでない場合もある。
③罪の赦しによる癒しは、終末論的概念である。
3.ルカの執筆目的
(1)ルカの執筆目的の1つは、「神をあがめる」ことである。
(2)ルカの強調点は、「今日」である。
①ルカ4:21
Luk 4:21
イエスは人々に向かって話し始められた。「あなたがたが耳にしたとおり、今日、この聖書のことばが実現しました。」
②ルカ5:26
Luk 5:26
人々はみな非常に驚き、神をあがめた。また、恐れに満たされて言った。「私たちは今日、驚くべきことを見た。」
③メシア到来の時は、「今日」である。
④イエスの権威が現われ、人々はそれを認めた。
⑤ルカは、読者も同じことをするように勧めている。
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