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安楽死が自殺だということは、前回のお話で理解できました。ところが尊厳死となるとまた別の問題です。自殺について考えるシリーズ4回目。

Q.53 安楽死が自殺だということは、前回のお話で理解できました。 では、尊厳死の場合は、どうですか?

 

Q. 質問

安楽死が自殺だということは、前回のお話で理解できました。では、尊厳死の場合は、どうですか。

 

A. 回答

「尊厳死」になると途端に、私の答えは歯切れが悪くなります。というのは、この問題は大変難しいからです。まず、定義しておきましょう。尊厳死とは、「無意味な延命行為を拒否して、人間としての尊厳を保って死ぬ」ということです。「無意味な延命行為は要らない」、「自然に死にたい」というのが尊厳死の精神ですね。

 

いつものように、3つ申し上げます。

 

1番目に、何が尊厳死であるかを判定するのは、非常に難しいです。

「いのちを奪ってはいけない」ということは、みなが了解しています。それと同時に、「死期を人工的に遅らせてはならない」というのも理解できます。ただし、この両者のどこに線を引くかということが非常に難しいのです。ですからこのテーマは、大変難しいという前提でアプローチしなければなりません。

 

2番目に、末期患者が自然に死を迎えられるようにするのは、必ずしも間違いではありません。

例えば、苦痛から解放されるための「ペインコントロール」というのがありますが、これは、人道的な取り組みですので、容認されるべきです。

 

けれども、不自然な延命治療はすべきではないと思います。つまり末期患者に対しては、ペインコントロールという処置を施しつつ、自然に死を迎えられるように導くのが良いと思います。

 

しかし3番目に、とても重要なポイントがあります。尊厳死の実行に関しては、極めて慎重に判断すべきだということです。

前回申し上げたように、安楽死は自殺です。尊厳死は安楽死とは違いますが、拡大解釈の危険性をはらんでいます。つまり、尊厳死を擁護することが、「生存権への脅威」となる可能性があるということです。「生産性がない人間は結局生きる価値がないのだ」という考え方が醸成されるなら、それは社会にとって大変危険なことです。「生きていても意味がない、生産性がないから。だからもう死んでいただいていいんだ」というような考え方は、いのちの尊厳と真っ向から対立するものです。

 

今日の結論は、こういうことです。

 

尊厳死は、極めて慎重に判断した結果、かろうじて許容されるものである。このことを、憶えておいてください。

 

参考になる聖句

「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある」(伝道者の書3:1〜2)

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