ヘブル人への手紙(9)—第3の警告(1)信仰の停滞—

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第3の警告(1)について学ぶ。

「第3の警告(1)-信仰の停滞-」

ヘブル5:11~14

1.はじめに

  (1)この手紙が書かれた理由を再確認する。

    ①信仰が後退しつつあった第2世代のメシアニック・ジューたちへの励まし

    ②彼らは、迫害と誤った教理に直面し、元の信仰に回帰しようとしていた。

    ③手紙の内容は牧会的であり、実践的である。

  (2)ユダヤ教の3つの柱は、天使、モーセ、レビ的祭司である。

      ①御子は、天使に勝るお方であることが証明された。

      ②御子は、モーセに勝るお方であることも証明された。

      ③前回は、御子はアロンに勝るお方であることの証明が始まった。

        *このテーマが、4:14~10:18まで続く。

        *ユダヤ教は、レビ的祭司制を土台に発展してきた宗教である。

        *神殿崩壊(紀元70年)以降は、ラビ的ユダヤ教に変質していく。

    (3)しかし著者は、この証明を途中でストップし、第3の警告を語り始める。

      ①著者は、いわば旧約聖書から講解メッセージを語っている。

      ②彼が今取り上げているテーマは、「メルキゼデクの位に等しい大祭司」である。

      ③前回の箇所の最後に出てくる聖句(5:10)を確認してみよう。

Heb 5:10 神によって、メルキゼデクの位に等しい大祭司ととなえられたのです。

      ④メルキゼデクのテーマは始まったばかりであるが、著者は、読者にはそれを理

解する力がないと判断した。

⑤そこで彼は、その先に進むことを中断して、警告の言葉を語ることにした。

2.アウトライン

  (1)信仰の停滞(11節)

  (2)霊的な幼子(12~13節)

  (3)霊的な成人(14節)

結論:

  1.この箇所の要約

  2.神学の重要性

第3の警告(1)について学ぶ。

Ⅰ.信仰の停滞(11節)

   1.11節

Heb 5:11 この方について、私たちは話すべきことをたくさん持っていますが、あなたがたの耳が鈍くなっているため、説き明かすことが困難です。

    (1)「この方」

      ①メルキゼデクのことである。

      ②5:1~10で、「キリストがメルキゼデクのような大祭司」であることが論じら

れた。

③真理が啓示されるとき、それを聞く者には責務が生じる。

(ILL)学んでも実践が伴わないことへの批判

④聖書研究の目的は、それを実生活に適用し、なんらかの実を結ぶためである。

    (2)「私たちは話すべきことをたくさん持っていますが、」

       ①メルキゼデクについての講解メッセージは、始まったばかりである。

      ②そのメッセージが再開されると、7:1~10:18まで続く。

      ③そのメッセージは、長いだけでなく、深い真理を解説するためのものである。

      ④メルキゼデク論は、いわば「乳(ミルク)」ではなく、「堅い食物」である。

    (3)「あなたがたの耳が鈍くなっているため、説き明かすことが困難です」

       ①この手紙の読者たちは、すでに学んだ真理で満足し、それ以上は求めなかった。

      ②信仰は前進しないと、後退し始める。

      ③読者たちは、「耳が鈍くなっている」

        *学ぶ意欲、前に進もうという意欲がなくなっている。

        *かつては、そうではなかったが、今はそのような状態になった。

      ④学ぶ意欲のない者に、難解な真理を解き明かすことは困難である。

Ⅱ.霊的な幼子(12~13節)

   1.12節

Heb 5:12 あなたがたは年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神のことばの初歩をもう一度だれかに教えてもらう必要があるのです。 あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要とするようになっています。

    (1)「あなたがたは年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、」

①彼らは、信仰を持ってから数年が経っていた。

      ②彼らは、霊的な幼子ではないはずである。

③つまり、自分よりも信仰経験が浅い人たちに、みことばを教える状態になって

いなければおかしいのである。

      ④にもかかわらず、彼らは信仰の振り出しに戻っている。

    (2)「神のことばの初歩をもう一度だれかに教えてもらう必要がある」

      「神のことばの初歩」とは、信仰の初歩、信仰の基礎的なことである。

      ②彼らは、霊的な幼子に戻っているので、もう一度初歩から学ぶ必要がある。

        *信仰の「ABC」である。

    (3)「あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要とするようになっています」

      「乳」とは、初歩的な教えである。

      ②「堅い食物」とは、より高度な神学的真理である。

        *メルキゼデク論は、そのひとつの例である。

      ③彼らは、かつてそうではなかったが、今は乳を必要とするようになった。

      ④霊的な成長がなければ、信仰は後退し、いつまでも霊的な幼子の状態に留まる。

      ⑤それゆえ著者は、7:1以降で読者たちに「堅い食物」を与え、彼らの信仰を前

進させようとする。

  2.13節

Heb 5:13 まだ乳ばかり飲んでいるような者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。

     (1)霊的な幼子の特徴

      ①所有している知識を、実行に移していない。

      ②「義の教えに通じてはいません」

         *みことばの知識に欠けているということではない。

        *「without experience of the word of righteousness」(ASV)

        *知識が行動に結びついていない状態が問題である。

      ③学んだ真理を体験的に理解していないなら、その人は霊的な幼子に留まる。

    (2)彼らは、キリストが最終的ないけにえとなられたことを学んだ。

      ①にもかかわらず、ユダヤ教の教えに回帰することを選び始めている。

      ②これは、学んだことに基づいて生活上の選びをしていない状態である。

      ③それゆえ彼らは、幼子なのである。

Ⅲ.霊的な成人(14節)」

   1.14節

Heb 5:14 しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。

    (1)新共同訳の訳文

Heb 5:14 固い食物は、善悪を見分ける感覚を経験によって訓練された、一人前の大人のためのものです。

     (2)「一人前の大人」になることが、信仰者のゴールである。

①信者には、年数に応じた成熟度を達成する責務がある。

      ②そのような信仰者は、みことばの「食物制限」がない人である。

      ③彼は、堅い食物を食する。

*堅い食物とは、固形の食物、内容が詰まった食物のことである。

    (3)成熟に至る方法

      ①学んだ真理を実生活に適用する。

      ②その結果、善悪を見分ける感覚が経験的に身につく。

        *この文脈では、「悪」とは誤った教理である。

        *「善」とは、正しい教理である。

結論:

  1.この箇所の要約

    (1)この手紙の読者たちは、信仰歴の長い信者たちである。

      ①彼らは、健全な教理を学んできた。

      ②彼らは、教師になってもおかしくない立場にある。

    (2)しかし彼らは、学んだことを実践に移してこなかった。

      ①その結果、霊的な成人から、霊的な幼子に逆戻りした。

      ②それゆえ、信仰の初歩を学び直す必要が出て来た。

      ③つまり、堅い食物ではなく、乳を必要とするようになったのである。

    (3)霊的な幼子と、霊的な成人の差

      ①教理に関する知識の差ではない。

      ②霊的な成人だけが、学んだ真理の適用について経験的に知っている。

  2.神学の重要性

    (1)霊的成長の3段階

      ①みことばの理解

      ②理解した真理の適用

      ③霊的成長

    (2)神学の軽視は、信者の霊的成長を阻害する大きな要因である。

      ①みことばの理解がないなら、真理の適用は不可能である。

      ②真理の適用がなければ、霊的成長もまた不可能である。

    (3)多くの信者が、神学に否定的な姿勢を取る理由とは何か。

      ①神学は、分裂をもたらす。

        *これは、聖書に記された神の真理に関する学びを否定することである。

        *真理が正しく教えられた時に分裂が起こるなら、その人たちは聖書の真理

に同意することを拒否したのである。

      ②教理は重要ではない。経験こそ重要である。

        *私たちの経験は、聖書の真理によって吟味されなければならない。

        (ILL)ある神学校でのエピソード。NT Introduction

        *新約聖書が最も多く語ってるのは、「誤った教理への警告」である。

      ③教理は重要ではない。愛と一致こそ重要である。

        *教理と愛は、二者択一ではない。

        *愛のない教理は、死んだ正統主義になる。

        *教理のない愛は、間違った愛になる。

        *一致を重視する余り、教理を軽視するなら、真の伝道は不可能になる。

    (4)神が信者に期待しておられること

      ①聖書の真理を学ぶ(神学的学び)。

      ②学んだ真理を生活に適用する。

③さらに、学んだ真理を、新しい信者に教える。

        *教師の賜物がある人は、それを用いて教会を建て上げていく。

        *すべての人が、教師の賜物を持っているわけではない。

        *しかし、一対一でみことばを教えることは、すべての信者ができることで

ある。

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