私たちはプロテスタントのキリスト教福音団体です。『1. 聖書のことばを字義どおりに解釈する 2. 文脈を重視する 3. 当時の人たちが理解した方法で聖書を読む 4. イスラエルと教会を区別する』この4点を大切に、ヘブル的聖書解釈を重視しています。詳しくは私たちの理念をご確認ください。
ヘブル人への手紙(5)—モーセに勝るイエス—
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イエスはモーセに勝るお方であることを学ぶ。
「モーセに勝るイエス」
ヘブル3:1~6
1.はじめに
(1)この手紙が書かれた理由を再確認する。
①信仰が後退しつつあった第2世代のメシアニック・ジューたちへの励まし
②彼らは、迫害と誤った教理に直面し、元の信仰に回帰しようとしていた。
③手紙の内容は牧会的であり、実践的である。
*教理的教えの合間に、警告の言葉が挿入句のように出てくる。
(2)前回までの箇所で、著者は、御子が御使いに勝る方であることを論証した。
①この箇所では、イエスがモーセに勝る方であることが論証される。
②モーセは、ユダヤ人にとっては国民的なヒーローである。
③イエスがモーセに勝る方であることを論証すれば、以下のことが証明される。
*キリストを信じる信仰は、ユダヤ教に勝る。
*キリストが提供するものは、モーセが提供するものに勝る。
*つまり、新約は旧約に勝る。
④それゆえ、キリストを離れてモーセに回帰することは、不条理である。
2.アウトライン
(2)モーセに勝るイエス(3~6節)
結論:
(1)旧約聖書から学ぶこと
(2)モーセとイエスの対比
イエスはモーセに勝るお方であることを学ぶ。
Ⅰ.使徒であり大祭司であるイエス(1~2節)。
1.1節
Heb 3:1 そういうわけですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち。 私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。
(1)「そういうわけですから」
①今まで論じてきた内容(御子は御使いに勝る)を前提に、次のテーマに移る。
②天使ではなく、御子に目を向けよという勧告が与えられる。
③御使い以外に、ユダヤ人たちの関心を奪っていたテーマがもうひとつある。
④それが、モーセである。
(2)「天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち」
①この呼びかけの言葉は、今まで論じてきた内容の要約となっている。
②手紙の受け手は、「兄弟たち」である。
*互いに兄弟であるだけでなく、信仰のパイオニアである方とも兄弟である。
*ヘブ2:11~12
Heb 2:11 聖とする方も、聖とされる者たちも、すべて元は一つです。それで、主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥としないで、こう言われます。
Heb 2:12 「わたしは御名を、わたしの兄弟たちに告げよう。/教会の中で、わたしはあなたを賛美しよう。」
③彼らは、「聖なる兄弟たち」である。
*キリストによって聖なる者とされた。
④彼らは、「天の召しにあずかっている」
*天の召しとは、将来の御国での栄光に与ることである。
*「ともに与る」、「共有している」という意味である。
(3)「私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい」
①彼らは、イエスについて学び、理解を深めるべきである。
②ここでは、イエスに2つのタイトルが与えられている。
*使徒と大祭司
③彼らは、一度はイエスを信じた人々である。
*しかし、初歩の信仰に留まっていた。
*イエスについてさらに学び、理解を深める必要がある。
*これは、ファストフード、ファストファッションの時代への警句となる。
(4)イエスは、「使徒」である。
①「使徒」というタイトルは、12使徒とは異なる意味で使用されている。
②イエスは、神から派遣された者である。イエスは、神を代表している。
*このテーマは、3:1~4:13で論じられる。
③ヨハ1:17
Joh 1:17 というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。
*モーセは、シナイ契約と律法をもたらすための使者であった。
*イエスは、新約と恵みのディスペンセーションをもたらすための使者。
(5)イエスは、「大祭司」である。
①モーセではなく、アロンが大祭司であった。
②しかし、実際に大祭司の役割を果たしたのは、モーセであった。
*金の子牛事件(出32章)
*カデシュ・バルネア事件(民14章)
③イエスは、大祭司であり、民の代理人である。
*このテーマは、4:14~7:28で論じられる。
2.2節
Heb 3:2 モーセが神の家全体のために忠実であったのと同様に、イエスはご自分を立てた方に対して忠実なのです。
(1)モーセは、神に忠実な最高の例である。
①民12:6~7
Num 12:6 仰せられた。「わたしのことばを聞け。もし、あなたがたのひとりが預言者であるなら、【主】であるわたしは、幻の中でその者にわたしを知らせ、夢の中でその者に語る。
Num 12:7 しかしわたしのしもべモーセとはそうではない。彼はわたしの全家を通じて忠実な者である。
②モーセは、「神の家全体のために」忠実であった。
*「神の家」とは、単に幕屋のことではない。
*「イスラエルの家」、つまり、「イスラエルの民」のことである。
(2)しかし、イエスの方がモーセよりも神に対して忠実である。
①モーセは、失敗を犯すことがあったが、イエスにはそれがない。
②申18:15
Deu 18:15 あなたの神、【主】は、あなたのうちから、あなたの同胞の中から、私のようなひとりの預言者をあなたのために起こされる。彼に聞き従わなければならない。
*イエスは、「モーセのようなひとりの預言者」である。
Ⅱ.モーセに勝るイエス(3~6節)
1.3~4節
Heb 3:3 家よりも、家を建てる者が大きな栄誉を持つのと同様に、イエスはモーセよりも大きな栄光を受けるのにふさわしいとされました。
Heb 3:4 家はそれぞれ、だれかが建てるのですが、すべてのものを造られた方は、神です。
(1)ユダヤの伝承の2つの流れ
①モーセは、歴史上最も偉大な人物である。
②あるいは、モーセは、アブラハムに次いで偉大な人物である。
(2)イエスがモーセよりも優れていることの論証①
①イエスは、イスラエルの家を建てた。
②モーセは、イスラエルの家の中にいて、神に忠実に仕えた。
③家を建てる者は、家よりも大きな栄誉を持つ。
(2)イエスがモーセよりも優れていることの論証②
①家は、誰かによって建てられる。
②神は、すべてのものを造られた。
③イエスは、創造の業に参加しておられた。
Joh 1:3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
Heb 1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。
④つまり、イエスは神である。
2.5節
Heb 3:5 モーセは、しもべとして神の家全体のために忠実でした。それは、後に語られる事をあかしするためでした。
(1)モーセは、神の家全体のために忠実であった。
①しかし、神の家における彼の地位は、しもべであった。
②「しもべ」(デューロスではなく、セラポン)
*相手の身分や状態に関係なく、忠実に仕える人
*医者が病人を治療するように、隣人の必要に仕える人
③モーセは、イスラエルの霊的、道徳的病を癒した。
(2)モーセの奉仕は、イエスの奉仕の予表であり、影であった。
①「後に語られる事」とは、メシアに関することである。
3.6節
Heb 3:6 しかし、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし私たちが、確信と、希望による誇りとを、終わりまでしっかりと持ち続けるならば、私たちが神の家なのです。
(1)モーセとキリストの対比
①モーセは、神の家の中でのしもべであった。
②キリストは「御子」として、「神の家」の上にあって、それを治められる。
③今は、ユダヤ人信者と異邦人信者は、ともに神の家に属している。
④エペ2:19
Eph 2:19 こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。
(2)「確信と、希望による誇りとを、終わりまでしっかりと持ち続けるならば、」
①忍耐ある信仰は、その人が真に救われていることの証拠である。
②忍耐のない人は、救いに至る信仰があるという証拠がない。
結論:
1.旧約聖書から学ぶこと
Heb 3:5 モーセは、しもべとして神の家全体のために忠実でした。それは、後に語られる事をあかしするためでした。
(1)神の計画が成就するために、人がどのように用いられたか。
(2)霊的真理を教えるために、事件や人物が象徴としてどのように用いられたか。
(3)メシアの来臨を予告するために、預言者たちがどのように用いられたか。
(4)メシアの死の意味を教えるために、祭儀法がどのように用いたれたか。
(5)旧約聖書の理解なしに、新約聖書を理解することは不可能である。
2.モーセとイエスの対比
(1)モーセは、奴隷になっていたイスラエルの民をエジプトから解放した。
①イエスは、信じる者を罪の束縛と呪いから解放される。
(2)モーセを通して、神はイスラエルの民を「神の民」として造られた。
②イエスは、信じるすべての者を「神の子」として造られる。
(3)モーセは、イスラエルの民に旧約をもたらした。
③イエスは、すべての者に新約をもたらした。
(4)モーセの時代(旧約時代)、イスラエルの民だけが神に近づくことができた。
④イエスの時代(新約時代)、信じるすべての者が神に近づくことができる。
(5)すべての点において、イエスはモーセよりも素晴らしいことを行なわれた。
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