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メシアの生涯(39)—ベテスダの池での癒し(1)—
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イエスの業と主張について考えます。
「ベテスダの池での癒し(1)」
§049 ヨハ5:1~18
1.はじめに
(1)前回は、断食論争について学んだ。
①口伝律法の本質
②イエスの口伝律法に対する態度
(2)今回は、安息日論争が主要テーマである。
①§49~51まで、安息日論争が続く。
②エルサレムとガリラヤにおいて、パリサイ人たちはイエスに論争を挑む。
(3)A.T.ロバートソンの調和表
イエスは、安息日に病人を癒し、パリサイ人たちに対して自らの行動を弁護する。
(§49)
ヨハ5:1~47(今回は、5:1~18を取り上げる)
2.安息日について
(1)出20:8~11
「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。六日間、働いて、あなたのすべての仕事
をしなければならない。しかし七日目は、あなたの神、【主】の安息である。あなた
はどんな仕事もしてはならない。──あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの
男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も──それは【主】
が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に
休まれたからである。それゆえ、【主】は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言
された」
①安息日は、休息の日である。
②安息日は、【主】に感謝する日である。
③安息日は、自由の民となったことを記念する日である。
(2)口伝律法による安息日の理解
①イエス時代になると、安息日の規定が1500以上も存在するようになった。
②ソフリム学派の教え
「神は、なぜイスラエルを創造したのか」
「それは、イスラエルに安息日を守らせるためである」
③安息日は、ユダヤ教の初期の段階で、擬人法化された。
*安息日は、「ヤハウェの女王」であり、「イスラエルの花嫁」である。
*金曜の夕、会堂の扉を開けて、女王である安息日を迎える歌を歌った。
④イエス時代のパリサイ人の教え
「すべてのユダヤ人が一回でも安息日を完全に守ったなら、メシアが来られる」
3.アウトライン(ヨハ5:1~18)
(1)絶望的な状況(1~5節)
(2)神の恵みの侵入(6~9節a)
(3)恵みへの反発(9b~15節)
(4)反発への回答(16~18節)
4.メッセージのゴール
(1)パリサイ人たちの問題点とは何か。
(2)ご利益信仰の限界とは何か。
(3)ヨハ5章の病人とヨハ9章の盲人の違いは何か。
このメッセージは、イエスの業と主張について考えようとするものである。
Ⅰ.絶望的な状況(1~5節)
1.時
「その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた」 (1節)
(1)「ユダヤ人の祭り」とは何か。
①「ユダヤでの祭り」と訳すべきである。
②祭りの名前が出ていないので、学者の間で論争がある。
(2)過越の祭りであろう。
①イエスの公生涯を3年半と考える根拠は、4回の過越の祭りの存在である。
②ヨハ2:13、5:1、6:4、12:1
③ヨハネの福音書では、安息日と過越の祭りが、密接な関係を持つ。
*ヨハ19:31
(3)安息日の優位性
①レビ記23章は、【主】の7つの例祭について記している。
②その冒頭に、安息日の規定が置かれている。
③ヨハネは、安息日の優位性について深く理解していた。
2.場所
「さて、エルサレムには、羊の門の近くに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があって、
五つの回廊がついていた」 (2節)
(1)「羊の門」
①エルサレムの北東にある門
②この門から、いけにえの羊を運び入れたので、この名が付いた。
(2)「ベテスダと呼ばれる池」
①現在の聖アンナ教会の下にある池
②縦約90メートル、横約66メートル(約50メートル)
(3)「五つの回廊」
①4辺+中央の仕切り
3.状況
「その中に大ぜいの病人、盲人、足のなえた者、やせ衰えた者たちが伏せっていた。そこ
に、三十八年もの間、病気にかかっている人がいた」 (3、5節)
(1)4節は、後代に付加されたものである。
①水の動きと癒しが関連付けられている。
②古代には、癒しの宮(神殿)というものが多く存在していた。
③代表的なものは、アスクレピアス(アポロの息子)の神殿である。
④癒しの宮の特徴は、隣接する泉や湧き水で身を清めることが要求されること。
⑤この箇所では、イエスがそれ以上の方であることが証明される。
(2)多くの肉体的癒しを待つ人々がそこに伏せっていた。
①彼らは、水が動くのを待っていたのである。
②恐らく、間欠泉であろう。
(3)「三十八年もの間、病気にかかっている人」
①イスラエルの荒野の放浪期間にほぼ等しい。
②当時の平均寿命以上の年数である。
③古代の癒し物語は、病気の年数を記すことで、癒しの素晴らしさを表現した。
Ⅱ.神の恵みの侵入(6~9節a)
1.イエスからの一方的な語りかけ
「イエスは彼が伏せっているのを見、それがもう長い間のことなのを知って、彼に言われ
た。『よくなりたいか』」 (6節)
(1)イエスは、最も悲惨な人を選んだのであろう。
①イエスの目がその人に注がれた。
②イエスは、群衆の中にいる個人に目を留められる。
*ニコデモ
*サマリヤの女
(2)イエスの知識
①超自然的なものなのか。
②観察によるものなのか。
③あるいは、噂を聞いたのか。
(3)なぜ「よくなりたいか」と質問したのか。
①病人は、回復への意欲を失うことがある。
②さらに、病気の状態に逃げ込むこともある。
③この質問には、病人に希望の灯をともす力がある。
2.病人の回答
「病人は答えた。『主よ。私には、水がかき回されたとき、池の中に私を入れてくれる人
がいません。行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです』」 (7節)
(1)この回答は、彼の心の状態を映し出すものである。
①彼は、「イエス」、「ノー」で答えていない。
②癒されない理由を述べている。
③他者への批判の言葉である。
④責任転嫁が彼の習い性になっていた。
3.イエスの命令
「イエスは彼に言われた。『起きて、床を取り上げて歩きなさい』」 (8節)
(1)イエスは、自分で行動を起こすように命じた。
①イエスの癒しは、肉体の癒しだけでなく、内面の癒しも含む。
(2)ここでは、癒しを受ける側の信仰は問われていない。
①公生涯の後半に入ると、信仰が癒しの条件になってくる。
4.イエスのことばの力
「すると、その人はすぐに直って、床を取り上げて歩き出した」 (9節a)
(1)神のことばに従うなら、神はそのことばを通して働かれる。
(2)この癒しは、イエスのメシア性を証明する奇跡である。
①イザ35:1~7参照
Ⅲ.恵みへの反発(9b~15節)
1.ユダヤ人たちの反発
「ところが、その日は安息日であった。そこでユダヤ人たちは、そのいやされた人に言っ
た。『きょうは安息日だ。床を取り上げてはいけない』」 (9b~10節)
(1)ユダヤ人たちとは、宗教的指導者たちのこと。
①反発の理由は、その人が安息日の規定に違反したから。
②彼らは、イエスにではなく、その人に反発している。
(2)彼は、安息日に床を取り上げて歩いた。
①安息日に、物をある領域から別の領域に運ぶことは禁じられていた。
*公の場から私的場へ、私的場から公の場へ
*この場合は、私的場から公の場に運ばれた。
②特に、床を運ぶことは厳しく禁じられた。
(3)この人は、死の危険に直面した。
2.言い逃れの言葉
「しかし、その人は彼らに答えた。『私を直してくださった方が、「床を取り上げて歩け」
と言われたのです』」 (11節)
(1)自分を癒してくれた方に、責任をなすりつけている。
3.無知の露見
「彼らは尋ねた。『「取り上げて歩け」と言った人はだれだ』。しかし、いやされた人は、
それがだれであるか知らなかった。人が大ぜいそこにいる間に、イエスは立ち去られたか
らである」 (12~13節)
(1)この人は、イエスに関する知識が全くない。
①この癒しは、一方的な恵みによるものである。
②肉体の癒しの段階で留まっており、魂の癒しは起こっていない。
4.罪人を捜すイエス
「その後、イエスは宮の中で彼を見つけて言われた。『見なさい。あなたはよくなった。
もう罪を犯してはなりません。そうでないともっと悪い事があなたの身に起こるから』。
その人は行って、ユダヤ人たちに、自分を直してくれた方はイエスだと告げた」 (14~15
節)
(1)イエスがこの人を見つけてくださった。
①魂の癒しを与えようとするイエス
(2)「見なさい。あなたはよくなった。もう罪を犯してはなりません。そうでないと
もっと悪い事があなたの身に起こるから」
①「罪を犯し続けてはなりません」という意味である。
②一般的な意味で、罪は病と死の原因である。
③しかし、特定の病を罪の結果と言ってはならない。
④この人は、癒されてからも罪を犯し続けている。
⑤イエスからの警告が与えられた。
*38年の病気以上の悪いこととは、永遠の苦しみのことである。
(3)この人は、ユダヤ人たちに密告した。
①感謝の思いから出たことではなく、これは、責任逃れたための行為である。
Ⅳ.反発への回答(16~18節)
1.反発の矛先はイエスに向かう。
「このためユダヤ人たちは、イエスを迫害した。イエスが安息日にこのようなことをして
おられたからである」 (16節)
(1)2つの理由
①安息日に癒しを行った。
②癒された人に、床を運ばせた。
2.イエスの回答
「イエスは彼らに答えられた。『わたしの父は今に至るまで働いておられます。ですから
わたしも働いているのです』」 (17節)
(1)確かに神は、天地創造の後も、宇宙の運行を支えておられる。
①すべての生き物は、神によってその命が保たれている。
(2)イエスは、神を「わたしの父」と呼ばれた。
①ユダヤ人たちは、神を「私たちの父」を呼んだ。
②「わたしの父」という呼びかけは、父と対等であるということを意味している。
③これは、イエスの神性宣言である。
④ユダヤ的理解では、長子は父と同格と見なされる。
④ユダヤ人の指導者たちは、それを理解した。
3.殺意の始まり
「このためユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとするようになった。イエスが安息
日を破っておられただけでなく、ご自身を神と等しくして、神を自分の父と呼んでおられ
たからである」 (18節)
(1)福音書で、イエスに対する殺意が初めて登場する。
(2)理由は2つある。
①安息日違反
*イエスがメシアであるなら、安息日を守るはずである。
②神への冒涜である。
結論
1.パリサイ人たちの問題点とは何か。
(1)彼らは、癒された人ではなく、その人が床を運んでいるのを見た。
(2)彼らの関心は、人間の命ではなく、口伝律法に向かっていた。
(例話)集会中の事故にどう対応するか。
(例話)贖罪の日でも、救急車だけは走る。
2.ご利益信仰の限界とは何か。
(1)この人は、癒された。
(2)しかしイエスは、この人にこう警告された。
「見なさい。あなたはよくなった。もう罪を犯してはなりません。そうでないともっ
と悪い事があなたの身に起こるから」
①38年の病以上に悪いこととは何か。
②安息日を守ることは、終末的期待に関係していた。
③「もっと悪い事」とは、終末的裁きのことであろう。
④この人のイエスに対する態度は、罪人のそれである。
⑤ご利益と呼べるようなことがあったとしても、それは人を真理から遠ざける。
3.ヨハ5章の病人とヨハ9章の盲人の違いは何か。
(1)古代の文学は、対比によって論点を鮮明にするという特徴がある。
①ヨハ9章では、生まれつきの盲人が癒されている。
②ヨハ5章とヨハ9章には、対比がある。
(2)対比
①共通点
*ともに、癒しを受けた。
*ともに、恵みによる癒しであった。
*ともに、イエスによって見い出された。
②ヨハ5章の病人は、癒しを受けただけで、信仰に至っていない。
*責任転嫁
*イエスから警告を受けた。
*その後で、イエスについて密告している。
③ヨハ9章の盲人は、信仰に至っている。
*事実を証言し、そのための犠牲を払っている。
*その後、イエスに見い出された。
*ヨハ9:38
「 彼は言った。『主よ。私は信じます』。そして彼はイエスを拝した」
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