Q.179 訴訟についてどう考えたらよいですか。

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このメッセージでは...

質問者さんは、あるブログでひどい誹謗中傷を受けて、訴訟を起こすことを検討中だとか。今回引用された聖句は「そもそも、互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です。」・・・。

 

いきなりビシッと回答となるような聖句ですね。聖書はなぜそう教えているのか、ぜひ動画をご覧ください。

179 訴訟についてどう考えたらよいか。

 

Q:現在求道中の者です。ある人物のブログ記事でひどい誹謗を受けました。本人に削除を要請したところ、せせら笑うだけでした。ブログの会社に連絡して規約違反で強制削除してもらいました。相手は社会的地位のある人物で、このような名誉毀損行為はいけないと反省させるために裁判を起こすことを検討しています。私の中の腹立ちはすでにおさまっています。ご意見をお伺いしたいです。

 

A:この方は求道中とのことですが、クリスチャンならどう考えるべきかについて、回答します。いつものように3つ申し上げます。

 

1番目に、教会内の争いに関しては、訴訟を起すべきではありません。

パウロによれば、クリスチャンがお互いを赦して和解できないのは、霊的な敗北を意味するからです(1コリ618参照)。ただし、これには例外があります。聖書が命じる和解のプロセス(マタ181517)を踏んでも、加害者の側が非を認めないなら、裁判に訴えることが正当化される場合もあり得ます。その場合は、祈りによって御心を確認することと、霊的指導者の助言を仰ぐことが大切です。

 

2番目に、時には被害を甘んじて受ける方がよい場合があります。

これは、クリスチャンだからできることです。パウロは、「そもそも、互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です。なぜ、むしろ不正をも甘んじて受けないのですか。なぜ、むしろだまされていないのですか」(1コリ67)と教えています。パウロが問題にしているのは、信者がどういう証しを立てるかということです。訴訟を起した結果、相手がキリストから遠ざかるなら、それは神を悲しませることになります。クリスチャンにとっては、裁判に勝つよりも相手の魂を勝ち取ることの方が重要です。

 

3番目に、クリスチャンが未信者を訴えることに関しては、慎重になるべきです。

可能な限り、未信者に対する訴訟は起さないのがよいのです。しかしながら、自分の人権が侵されるような場合は、法的解決を求めることも許されます。パウロもまた、自分の命を守るためにローマ法に訴えています(使2225)。

この質問をされた方の場合、名誉毀損で民事訴訟を起すことは許されると思います。その場合でも、復讐のためではなく、他の人たちに危害が及ばないようにするためであるという動機を確認する必要があります。

 

参考になる聖句

「そもそも、互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です。なぜ、むしろ不正をも甘んじて受けないのですか。なぜ、むしろだまされていないのですか」(1コリ67

 

 クリスチャンが訴訟を起すのは、極めて例外的なことです。

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