私たちはプロテスタントのキリスト教福音団体です。『1. 聖書のことばを字義どおりに解釈する 2. 文脈を重視する 3. 当時の人たちが理解した方法で聖書を読む 4. イスラエルと教会を区別する』この4点を大切に、ヘブル的聖書解釈を重視しています。詳しくは私たちの理念をご確認ください。
Q.146 子どものしつけについて
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「あなたがむちで彼を打つなら、彼のいのちをよみから救うことができる」(箴言23:14)という具合に、聖書は、子供への懲らしめを奨励しています。
今、さすがにむちで打つ親はいないと思いますが、子どもを矯正し正しく導くことは不可欠です。
「叱らない子育て」などのキーワードが流行するこの時代に、聖書的懲らしめについて考えてみます。
Q. 質問
Q:小さな子どもを子育て中です。箴言には、「あなたの子を懲らせ」(29:17)や、「あなたがむちで彼を打つなら」(23:14)など、懲らしめについて書かれている箇所が多くありますが、「懲らしめ」とはどのような事を指すのでしょうか。ある本にはお尻を叩くことだと書いてありました。
A. 回答
A:この質問は、非常に重要なものです。子どものしつけについて、いつものように3つ申し上げます。
1番目に、聖書は子どもを懲らしめることを奨励しています。
「子どもを懲らすことを差し控えてはならない。むちで打っても、彼は死ぬことはない。あなたがむちで彼を打つなら、彼のいのちをよみから救うことができる」(箴23:13~14)。懲らしめは、なるべく小さい内に行なうのが効果的です。懲らしめを受けないで育った子は、権威に対して反抗的になり、神に従うのが難しくなります。神様もまた、私たちが過ちを犯した時には、私たちを訓練されます。
2番目に、懲らしめは制御しながら行なう必要があります。
子どものからだに懲らしめの後が残るほどに打ってはなりません。お尻を叩くことを奨励する人は、そういう理由でそう言っているわけです。また、犯した過ち以上の懲らしめを与えてはなりません。子どもによっては、からだを打つことが有効でない場合があります。その場合は、どこかに閉じ込めるとか、おもちゃを取り上げるとか、別の方法を考えるべきです。「懲らしめ」とは、過ちに対する罰ではありません。子どもを矯正し、正しい道に導くのが聖書的「懲らしめ」です。これは、「諭すこと」であり、「訓練すること」です。そういう意味では、言葉による「懲らしめ」もあり得ます。
3番目に、子どもに対する愛を確認しましょう。
子どもに対する「懲らしめ」が、親の怒りの発散になることが往々にしてあります。これでは逆効果です。冷静に子どもを叱った後、直ちに、その子に愛を表現すべきです。優しい言葉や抱擁などがあると、子どもは、自分が親に愛されていることを実感し、安心します。その後で親が、神様も私たちが過ちを犯したときに私たちを訓練されると子どもに教えれば、霊的訓練にもなります。子どもを懲らしめる時には、次の聖句を思い出しましょう。「父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい」(エペ6:4)
参考になる聖句
「父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい」(エペ6:4)
愛がなければ、子どもをしつけることはできません。
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