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Q425 天にいるイエスのからだには、十字架の傷跡が残っているのでしょうか。
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425 天にいるイエスのからだには、十字架の傷跡が残っているか
Q:天にいるイエスのからだには、十字架の傷跡が残っているのでしょうか。
A:はじめに
このテーマに関して、聖書には明確な教えはありません。しかし、ヒントになる聖句はあります。個人的には、主イエスのからだには今も十字架の傷跡が残っていると信じています。そう確信する理由を、いつものように3つ申し上げます。
1番目に、弟子たちの前に現れた復活のイエスのからだには、十字架の傷跡がありました。
(1)ヨハネの福音書20章27節
(2)イエスはトマスに言われました。
「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしの脇腹に入
れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい」
(3)締め切った部屋に入って来ることができましたので、これは「栄光のからだ」です。
2番目に、黙示録は、天においてもイエスのからだに十字架の傷跡があることを示唆しています。
(1) 黙示録1章12~16節は、栄光のイエスの姿を描写しているので、傷跡への言及は
ありません。
(2)黙示録5章6節には、「また私は、御座と四つの生き物の真ん中、長老たち
の真ん中に、屠られた姿で子羊が立っているのを見た」とあります。
(3)「屠られた姿」ということばは、十字架の傷跡を暗示しています。
3番目に、復活のイエスが十字架の傷跡を残しておられることには、いくつかの理由があります。
(1)イエスは人となって地上に来られました。
(2)イエスは罪人の罪を赦すために贖いの死を遂げられました。
(3)十字架の傷跡は、死は打ち破られたことのしるしです。
(4)そして何よりも、十字架の傷跡は、神が私たちを愛されたことの記念です。
主イエスは今も、十字架の傷跡を残しておられます。




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